82:ナンス鉱山に入りますか?―Yes

 

 

ナンス鉱山に入りますか?

▶行こう!

 ちょっと待って!

 

 正直、こういう選択肢が出て来ても、ゲームにおいて言えば、それは本当の意味で“選択”をさせている訳ではない。なので、こういった場合「入る」以外に選択肢はないのだ。

 

でも、今なら思う。

 「ちょっと待って!」と、人生立ち止まって考える事も、時には必要なのだ、と。

 

 

 

        〇

 

 

「おぉ……普通の、炭鉱だ」

 

 不思議なものだ。

 ゲームの中では“ダンジョン”と呼ばれる場所も、自分の足で立つとどうって事はない。

 そこは、本当にただの“炭鉱”だった。

 

 

「今から説明を始める!!よく聞け!」

 

 

 隊長の声が、坑道の中に響き渡る。周囲の岩盤に反響し、聞き慣れた隊長の声もなんだかいつもと違って聞こえた。

 

「ここが、ナンス鉱山」

 

 鉱山の中は、予想に反して煌々と明るく照らされていた。

 どこをどう見ても圧倒的にただの“坑道”なのだが、きっとこれは、ゲームでいう所の中盤辺りに出てくる、洞窟系のダンジョンのようなモノなのだろう。その場合、いくら見た目が普通の坑道でも、気を付けなければならない。

 

「これ、絶対モンスターとか出るヤツじゃねぇの……?」

 

 なにせ、ダンジョンと言えば、モンスターとのエンカウントは必須である。だいたい、こういう薄暗い洞窟系の敵は、毒や麻痺といった状態異常を引き起こさせてくる事が多いので、かなり注意が必要だ。

 

「つーか、俺。回復アイテムとか持って来てないけど……」

 

 なにせ、買い出しの時、テザー先輩からはそう言った指示を受けなかったのだ。結局、あの買い物で購入したのは、着替えと……特に大量に買ったのは、靴下と予備の靴だけだった。

いやいや、こんなのちょっとしたお泊りセットじゃねぇか!不安だわ!まぁ、靴下が一番使いそうだけどもっ!

 

「先輩、先輩」

「……なんだ」

 

 隊長がいつものダミ声を響かせて説明する中、俺はこっそりとテザー先輩に話しかけた。

 

「先輩は、回復魔法とかって使えるんですか」

「まぁ、初歩的なモノなら。一通りは」

「毒とか、麻痺とか……そういうのは?」

「程度による。まぁ、重症化してなければ大丈夫だとは思うが」

「……俺は、絶対にこの任務中。先輩の側から離れないっ」

 

 俺は改めてテザー先輩の隣をしっかりと死守するべく、先輩と肩が触れ合うか触れ合わないかギリギリの所まで体を寄せた。

 

「……サトシ・ナカモト」

「先輩が何と言おうと、俺は離れない」

 

 何かあったら、俺は先輩に回復してもらうしかない。他の奴だと、それこそ「短命ごくろうさん」と、ピッタリな言葉で、あの世に見送られてしまいそうだ。

 

「俺の長生き、望んでくれてるんですよね?」

「……お前」

 

 なにせ、俺は激烈に弱いのだ。レベル1ですらない。そもそも、俺は戦闘要員ではないので、レベルの概念もないのである!

 そう、俺が、拳を握りしめながら言うと、一瞬ポカンとした顔で俺を見ていた先輩の顔が、次第に得意気な色に染められていった。

 

 え、なに。今、先輩は“どっち”の先輩だ?昼か?それとも夜か?

 

「ふむ。とことん俺に懐いているな。良い傾向じゃん?」

「いや、懐くっていうか……」

「違うのか?」

「いえ、めちゃくちゃ懐いてます。いつか俺が大物になったら、今の俺があるのはテザー先輩のおかげって、ちゃんと言います」

「おりこーサン」

 

 喋り方に、昼と夜が混じっている。

 先輩は、俺の後ろからガシリと俺の頭を掴むと、そのままワシャワシャと髪の毛をかき乱してきた。多分、撫でてくれているんだと思う。下手くそか。

 

「先輩、ちょっ、髪が……」

「……いいこ、いいこ」

「へ?」

 

 そうやって、どこか懐かし気な様子で俺を見下ろしてくる先輩に、俺はひとまず黙って頭を撫でさせてやる事にした。

正直、手つきは乱暴で若干鬱陶しいのだが、まぁ、いいか。ここに居る間くらいは、先輩のペットになってやっても。

 

「このナンス鉱山、第三百五十二坑道は、これより東部二番隊と、西部四番隊の二部隊構成により掘削作業を開始する!お互い、隊は違えど、これから長期間、任務を共にする仲間だ!互いに協力するように!」

 

 どうやら、あれだけ居た兵士達も、転移により向かった先はそれぞれ異なるようだ。俺が周囲を見渡すと、そこには見慣れた俺の部隊と、もう一つ見慣れない面子の揃った兵士達が、前に立つ隊長の言葉に耳を傾けていた。

 だいたい、一部隊が二十人程度なので、ここには四十人程度のエルフが居るという事になるだろう。ちょうど、一クラス分くらいか。

 

「この任務!知っている者も多いとは思うが、全部隊が配置された各坑道から、一カ所でも“大いなるマナの実り”の採掘が成されれば、それで任務は終了となる!」

 

 へぇ、クエストの達成条件が【ある一定量のマナを採掘し終えるまで】じゃないワケか。だとすると、全体であの人数の兵士が居たのだ。思ったよりも時間はかからないかもしれない。

 

 そう、俺が心のどこかで「ラクショーじゃん」と思った時だった。

 

「しかしだ!逆に言えば、どこの部隊も見つけられなければ、この任務が終わる事はない!そう!百年かかってもな!」

「へ?」

 

 隊長の口からサラリと出た衝撃の事実に、俺は思わず呆けた声を上げてしまった。

 

何だって?隊長は、一体、いま何を言っているんだ?

 

「記録によれば、採掘までの期間はその年によって様々だ!採掘に要した期間で最も短かったのは三日!しかし!」

「……」

 

 百年.三日。

その余りにも酷過ぎる時間差の波に、俺は酔う寸前だった。あぁ、やめてくれ。“三日”の後に、逆説「しかし」を続けるのだけは……やめてくれ!

 

 

「前回!つまり、四百年前の採掘の際は、大いなるマナの実りの発見まで、十年を要した!全てはお前らの働きにかかっている!早く帰りたければ、掘れ!掘って!掘って!」

 

——–掘りまくれ!!