98:血で血を洗う

 

 

 この日も、クリプラント王家では壮絶な権力争いが行われていた。

 

 

「お兄様の分からず屋!私が王になると言ってるでしょう!?」

「ソラナ。お前の論に、今や本質はない。諦めろ、俺が次代の王だ」

「うううっ!キライキライキライキライ!お兄様は昔からそう!先に生まれたというだけで!長男というだけで!男というだけで!いつもいつもいつもいつも!」

 

 王家の権力争い。

 すなわち、兄妹喧嘩だ。国家の権力争いは、いつの時代も血で血を洗う骨肉の争いなのである。

 

「イーサ王子。着実に議論の腕が上がってこられましたねぇ。そういえば、貴方は幼い頃から、口は達者でいらっしゃった事を思い出しましたよー。ソラナ様と話す場を設けて良かった」

「だろう?ソラナなど、今や敵ではない。百年のブランクなど、ソラナと二、三度話すだけで十分埋まる」

 

 そう言って側に立つマティックへと得意気な表情を見せるイーサに、それを真正面から見ていたソラナは、床に足をバタつかせた。

 

「何よ何よ!私を体の良い練習台に使って!マティックのバカ!私に協力してって言ったのに!結局お兄様なんかに付いて!」

「申し訳ございません、ソラナ姫」

「っ!全然申し訳ないって思ってないでしょう!?」

「はい、思っておりません」

 

 そう、本当に悪びれる様子もなく笑顔で頷くマティックの姿に、ソラナはひゅうっと息をのむと、その美しい顔をグシャリと歪めた。

 

「マティックなんか嫌い嫌い!一生嫌い!もう一万回嫌いになったわ!」

「それは残念ですー。ソラナ姫」

「思ってない事を言わないで!ポルカ!ポルカ来て!」

「はい!ただいま!」

 

 ソラナの呼びかけに、ソラナの部屋の入口で待機していたポルカは、その半分泣いているようなソラナの声に、急いで主の元へと走った。

 

「もう嫌!これだから男は嫌い!一万回嫌いになっても足りないわ!」

「私、……一万回嫌いになるなんて言葉、初めて聞きました」

「そうよ!一万回なんて初めて言ったわ!」

 

 ソラナは自身の側に控えるメイド服姿のポルカに向き直ると、そのまま勢いよくポルカに抱き着いた。そんなソラナに、ポルカはいつものようにその頭をソッと撫でてやる。

 

「ポルカ!私、絶対に王様になって、貴方達がもっと幸せに暮らせるようにしたかったのに!」

「ソラナ様。すみません、私には何も出来ず。役立たずです。しかし、私は既に幸せなのですが」

「そんな訳ないでしょう!私達はもっともっと幸せになるのよ!ほら!もっと私の頭を撫でてちょうだい!そして、敬語は止めてって言ってるじゃない!」

「わかったわ!ソラナ」

「よしよし、大丈夫大丈夫って言って!」

「よしよし、大丈夫大丈夫」

 

 ポルカは自身の腹に顔をくっつけて、肩を震わせるソラナの頭を、それはもう優しく撫でた。ついでにもう片方の手で、ソラナの震える肩も撫でてやる。

 

「……はぁっ」

 

 そんな二人の姿を、マティックは内心「時間がないというのに」とウンザリしつつ、しかし黙って眺めていた。口を挟むと、それこそ面倒な事になるのは分かっている。

 

「……」

 

次いで、ソファに腰かけるイーサにチラと視線を向ける。

するとそこには、先程までの余裕の表情から一転して、二人の様子を食い入るようにして見つめるイーサの姿があった。

 どうやら、その目は、あのポルカという侍女の首元へと向けられているようだ。

 

 そこには、イーサがサトシに与えたネックレスと同じモノが、これでもかと言う程きらめいている。

 

「イーサ王子。羨ましいからと言って癇癪は止めてくださいね。何をどう喚いても、サトシはここには居ないのですから」

「わかっている」

 

 わかっているのだが、イーサはやはり目の前の二人が羨ましくて仕方がなかった。あの、ポルカという侍女。よく見れば、以前、寝所に潜り込み、聡志の名を親しげに読んでいた女だが、どうやらソラナの“相手”らしい。

 

「……わかっている」

 

 そう、普通はネックレスを与えた相手というのは、こうして与えた王族のすぐ傍に控えているモノなのだ。それなのに、どうしてサトシは自分の側に居ないのだろう。

 イーサはやるせない気持ちを必死に抑え込むと、すぐ隣に立つマティックへと向き直った。

 

「マティック、ナンス鉱山の様子はどうだ」

「まだ“大いなる実り”は採掘されておりませんよ。まだ兵が採掘に潜って十五日。そう簡単にはいかないでしょう。……まぁ、今回ばかりは、一刻も早く見つかる事を祈りますが」

「……違う。そういう事を聞きたい訳ではない」

 

 イーサはコツコツと足を鳴らしながら、静かに腕を組む。ソラナと国についての議論を交わすようになってから、イーサは次第に色々と考えるようになった。

 

 国の在り方について、考えねばならぬ施策について。

 人間であるサトシが、幸福を感じる事の出来る国にする為には、一体自分はどのような王であるべきなのか。

 

 たくさん、たくさん考えた。否、考えている。

 マティックの言うように、歩みながら、走りながら。ずっと、考えない時はない。

 

「あぁ、サトシの事ですか?そう個人の事など報告に上がってきませんよ。さすがに職権乱用もあからさま過ぎると、サトシ本人に対する実害が出かねません。お願いですから、気持ちを抑えてください」

 

 マティックは何を勘違いしているのか、静かに思考するイーサに対し宥めるように声をかけてくる。イーサはそれに対し「違う」と、少しの苛立ちをその顔に浮かび上がらせた。

 

「ナンス鉱山での各坑道の兵達の様子。共に潜っているカナリアの扱われ方。潜った坑道での採掘距離。作業効率が最も良かった隊と、そうでない隊との比較」

「……」

「マティック。四百年後のリケルの年など、またすぐにやって来る。ここで得られる数値や情報は全て貴重な記録だ。各隊の隊長に必ず細かく報告させろ」

 

 「ここまで言わねば分からないか?」とでも言いたげな様子で口にするイーサに、マティックは、思わず息を呑んだ。本当にいつの間にか、この王子は百年の空白を埋めてしまっている。いや、埋めるどころではない、百年前以上の姿だ。

 

 目的意識の差が、まさかここまで王としての意識を変えてしまうとは。

 マティックのゴクリと飲み下した唾液の音と、ツラツラと述べるイーサの言葉が綺麗に重なり続ける。

 

「いや、各隊の隊長に任意に報告させたのでは、情報が統一されない。今から俺が言う事を主に、お前が報告様式を作れ。そして、すぐにでも各隊にその旨を伝達させ、報告義務を課すのだ」

「承知しました」

「あと……」

 

 イーサは向かい側から痛い程感じる視線を無視し、ずっと引っかかっていた事をマティックへと尋ねた。