99:骨肉の争い

 

 

「“鉱毒マナ”の被害はどれ程出ている?犠牲者は?」

「まだ犠牲者は出ていませんが、五十八坑道のうち、十八坑道から鉱毒マナの発生により、採掘作業の遅延が見られています」

「……前回より鉱毒マナの発生が早いな」

 

 マティックの言葉に、イーサは組んでいた手を自身の顎に添えた。

 思ったより事態は芳しくない。夢の中でのサトシは何も変化はないと言っていたが、それもいつまで続くか。

 

「仕方ありません。ナンス鉱山もあと何回採掘に堪えられるか」

「父はそれについて、何の対策も出していなかったのか?」

「……いくつか案と政策は進めてありましたが、決定的な解決策はありません。いくら王も有限であるマナを無限にする事は出来ない。……マナの枯渇は、もうそう遠い未来ではありません」

 

 マティックの返答に、イーサは父の背中を思い出しながらハッと鼻で笑った。

 

「自分はもう長くないからと、次に丸投げか。アイツも大した王ではなかったな」

「……そう言わないでください。我が父も、そしてヴィタリック様も、懸命にやってこられました」

「結果が伴わない王の頑張りなど、民からすれば職務放棄と同じだ。無だ、無!」

「ふふ、まったく。おっしゃる通りでございます」

 

 余りに反論の余地すら残さないイーサの言葉に、マティックは苦笑しながら頷いた。これが外野からの意見ならば、マティックも反論のしようもあっただろう。

しかし、イーサはそうではない。これから王になろうとしている者の放つ、前王への文句は、全てイーサ自身に返ってくる。

 

 玉座を前に覚悟を決めたイーサだけが、ヴィタリックに対し、文句を言う事が出来るのだ。

 

「マナの枯渇に対して、今や解決策など一つしかない。……ソラナ。お前のように、目先の女の事……しかも自分の事しか考えていないお前にも、それは分かるだろう。それは何だ?」

 

 そう、先程から自身に対して、食い入るような視線を向けていたソラナに、イーサは試すような問いを放つ。

 

「言い方が気に食わないから、答えたくないわ」

「……議論を放棄するな。これは、クリプラント全土の問題だ。さぁ、答えろ。我が国が、他国、つまりはリーガラントからの脅威を、魔法抜きで生き残るには、今後、どうすべきか」

 

 足を組み、真正面から対峙してくる兄のイーサ。それに対しソラナの腕は、未だにポルカの背中に回されていた。

それが、ソラナにとっては、妙に後ろめたかった。

 

「……ソラナ、大丈夫?」

「ポルカ、私諦めてないわ。どんな形でも、私は私の望みを叶えてみせる。女は男の道具じゃない」

「はい」

「誰の奴隷でもない。女だからってバカにされたくない。道具みたいに扱われるなんてごめんよ」

 

 声を震わせながら、ソラナはポルカの背から腕を離した。そして、自身もイーサの前へと背筋を伸ばし、向き直る。

 

「閉ざされたこの国を、開くこと。この国が生き残るには、開国、それしかないわ」

「そうだ。最早、我が国が生き残る道は、それしかない。このような事、わざわざ考えるまでもないのに、この国のヤツらときたら……開国の重要性を真の意味で理解している王家の者は、ソラナ。お前しか居ない」

「……だから、なによ」

「本当にお前は昔から頭が良い」

「っ!」

 

 突然の兄、イーサからの何の気のてらいなく放たれた嘉賞に、ソラナは思わず唇を噛んだ。そうしなければ、表情がだらしなく緩みそうだったからだ。

 ソラナに対し、“女”を抜きに、こうして認めてくれていたのは、昔から、そう――。

 

 

—–ソラナ。お前は賢い。それは、素晴らしい才覚だ。大切にしなさい。

—–まったく。お前くらいなモノだ。俺の話しをまともに理解できる者は。

 

 

 父であるヴィタリックと、この兄だけだった。

 

 

「ソラナ……噛まないで。血が出てしまう」

「う゛んっ」

 

 ポルカは、一気に機嫌が良くなったソラナと、その機嫌に比例するように噛み締められる唇に、思わず声をかけた。しかし、ソラナの唇は未だに噛み締められたままだ。

そんなソラナに対し、ポルカがどうしたものかと思案した時だ。

 

「ソラナ、聞け」

「な、なによ」

 

 それまで腕を組んで難しい顔をしていたイーサが、ニヤリとその表情を得意気な色に染め上げた。

 

「ソラナ、お前は確かに頭が良い。ただ」

 

 そして、これみよがしにソファの背もたれに体を預ける。それだけで、態度が仰々しくなった。

 

「“分かっているだけ”では、国政は務まらない」

「……っ!」

「何事も実行出来てこそ、だ」

「わ、私だって……!」

「お前は、思考要領が狭過ぎる。国政は何も、女の事だけ考えていればいい訳ではないからな。きっと、お前の事だ。王業務に追われ、本来やりたかった事に尽力出来ず、途中で要領オーバーになってパンクするのがオチだろう」

「むぅぅっ!」

 

 とうとう、唇から血が出てきた。

 しかし、それは先程のように嬉しさに弛む表情を隠す為のモノではない。完全に悔しくて噛み締めた唇から流れた血だ。

 

「ソラナ!血が!」

 

 ポルカは慌てて傍にあった引き戸から真っ白い布地を取り出すと、血の滲み出したソラナの口にソッと添えた。

 

その瞬間、白い布地に、真っ赤な血の色が混じる。

 

「出来るもん。全部、出来るもん。わだじ、ぜんぶできる……」

「全部など出来るものか。俺でも全部は難しいのに」

「おにいざまに出来なくても、わだじには、でぎるもん」

 

 ポルカの添えていた白い布地が、今やソラナの目元に添えられた。ポロポロと零れる涙が、布地を濃く色付かせる。

 

「ソラナ、癇癪を起しても変わらんぞ」

「ぎらい、おにいざま、なんが、ぎらい!一万回ぎらい!」

「そうか。俺はお前の事が……まぁ、嫌いではない。うるさいとは思うがな。お前以外の兄弟達は話し相手にならなかったからな。お前が居なかったら、この王宮は、本当につまらなかっただろう」

「うぅぅぅっ!」

 

 マティックは隣で全てを聞きながら、イーサが今日この瞬間、ソラナとの王座をかけた兄妹喧嘩を終える気である事を察した。

 本当に、この数日で口の上手くなられたものだ、と心底感心しながら。