相手に反論の余地を残しつつ、確実に追い詰める。追い詰めながらも、相手の逃げ道は塞がず、ついでに頭を撫でてやる事も忘れない。
誘導尋問というより、これは、
「まるで、ごきげんな“お散歩”ですねぇ」
あのソラナに対し、こんな事が出来るのは、一重にイーサが昔からソラナとそのような“兄妹関係”を築いてきたからこそ、だ。
そうでなければ、ソラナはこのようにやすやすと他者に弱みを見せる事も、ましてや涙を見せる事などしない筈だ。
どこまでいっても、ソラナにとってイーサは唯一認める“兄”なのである。
「ソラナ。他の面倒事は、この兄に任せるといい。お前は、これまで通り自分の目的にだけ尽力しろ。王は、この俺だ」
「っふぇ」
「そして、これは俺が長男で、しかも男だからそう言っている訳ではない」
「……うぅ?」
「俺が、ただ単に、お前より優秀だからだ!」
「あぁぁぁんっ!」
とうとう、ソラナは大泣きしてしまった。
ポルカの腹に顔を埋め、声を殺す事なく泣く。完全に兄にしてやられたのが悔しかった。しかし、それ以上に悔しいのは、“女”だからと、自分を下に見てこない兄を、ソラナが嫌いになれない事だった。
兄は、誰に対してもこんなだった。
だから、いつも王宮内で浮いていた。一人だった。
「ソラナ。お前の望む国の土台は俺が作ろう。なにせ、俺は女より下に居る“人間”を幸せに出来る国を作らねばならないからな。一番下が幸福になるんだ。女も、誰も彼も、きっと全員幸せになるだろうさ。まぁ、そもそも“幸福”が、何かは、俺にはちっともわからないがな。でもまぁ、それは、」
――やりながら考える事にするさ。
そう言って、泣きわめくソラナの側まで歩み寄ると、イーサは震えるソラナの頭をポンポンと撫でてやった。それは、夢の中のサトシにしてやると喜ぶ、イーサの最近覚えた子供のあやし方の一つだ。
「ソラナ。お前は俺を手伝え。お前以外は正直話にならない。お前以外はいらん」
「っ!」
突然、慣れた手つきで兄から頭を撫でられたソラナは、戸惑いにその肩を大きく揺らした。
「ぁ、あっ」
「ソラナ?大丈夫?」
「あっ、あ、」
ソラナの様子が変だ。
兄から頭を撫でられ、髪の合間から覗く髪の毛が真っ赤に染まるソラナを、ポルカは間近に見た。しかし、どうやら怒っている訳ではないらしい。
「マティック、ソラナはこれで大丈夫そうだぞ」
「お見事です」
「そうだろう。俺にかかれば、こんなモノだ。あと、マティック」
「なんでしょう?」
「面倒な事は、全部お前がやるんだぞ。いいな?俺は任せるのは得意だ」
片手間にソラナの頭を撫でながら、イーサはマティックへと得意気な表情を見せてくる。そんなイーサにマティックはと言えば、頭を抱えたくなるのをグッと堪えた。なにせ、イーサの言っている事は決して王として間違った事を言っている訳ではないのだから。
「まったく、さすがに生まれながらの王と言ったところか……。私も仕事を振る手駒をそろそろ準備せねばなりませんね。過労死してしまいます」
そんなイーサ達の様子を、ポルカはソラナの背中に手を回しながら、チラリと見やる。
そして、思った。
—–さとしの名を、おまえが呼ぶな。
「……あぁ」
本当に、これが、あの時、サトシをベッドの中で守るように囲っていた王子と同一人物なのか、と。髪が短くなり、見た目も変わったが、雰囲気も随分と変わった。あの、扉から手だけ出して意思表示をしていた時とは大違いだ。
「うえぇぇんっ!」
「なんだ?ソラナがもっと泣き始めたぞ。まったく、あやしても泣くのか。サトシはこれをすると喜ぶのだが……さてはソラナ、お前はまだ赤ん坊なのではないか?」
「あぁぁぁぁん!」
「……面倒くさい妹だな」
そう言って、イーサは更にソラナの頭を撫でてやった。
しかし、兄から頭を撫でられ、謎の感情の爆発により赤ん坊のように泣き喚いたソラナが、泣き止むまでには、その後半日を要した。
こうして、前王の亡きあと、最も玉座に相応しい人物二人による、血で血を洗う骨肉の争いと言う名の“兄妹喧嘩”は、アッサリと幕を閉じたのであった。