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毎晩、夢を見るんだ。
——サトシ、どこか体に変な所はないか?何かあったら必ず言うんだ。
懐かしい声で、何度となく問いかけられた。
その度に、俺は「うん」と大きく頷いていた気がする。頷いて、俺はその大きな体に腕を回す。そうすると、俺の体を、大好きな太陽の匂いがフワリと包み込んでくれるのだ。
—–これは絶対の約束だ。いいな?
『わかった!イーサ!』
でも、そうやって頷きながら俺は思ってたんだ。
これ以上、お前に格好悪いところなんて見せられないよって。
〇
ここ最近、ずっと喉が変だ。
「サトシ?ねぇ、サトシってば!」
「っ!」
突然、耳の奥に届いたその声に、俺は朦朧としていた意識を一気に覚醒させた。
「あ、えっと」
「サトシ?」
別に寝ていた訳ではない。ただ、ずっと別の事に意識を取られてしまっていたせいで、俺は一瞬、此処がどこかすら分からなくなっていた。
「……どうした?エーイチ」
どうにか現状を把握すると、なんとも定まらない声で返事をした。あぁ。なんだ、この声。なんて、おぼつかない声なんだ。
「さっきから、僕ずっと呼んでたんだけど」
「……ごめん」
「ねぇ、どうしたの?さっきからボーっとして。水ばっかり飲んで。最近、サトシおかしいよ」
エーイチの心配そうな顔を間近に感じながら、それでも俺が最初にした事と言えば、手にしていた水筒の水をゴクリと飲み干す事だった。先程まで満タンだった水筒の水が、今や残り僅かだ。
「また、テザー先輩に貰ってこないと」
「……サトシ。喉が痛いの?」
「痛くない」
「嘘だ」
「いや、喉が渇いてるだけだって」
もちろん嘘だ。
別に、俺達は何をしている訳でもないのだ。こんなに頻繁に、喉が渇く訳がない。
もちろん、エーイチもそんな事は百も承知なのだろう。エーイチの向けてくる視線が、徐々に不機嫌な色に染まっていくのを、俺は間近に見た。
「今日は、もうお話会はお休みにしなよ」
「やだ」
「そんな子供みたいに。皆、喉が痛いって言えば分かってくれるって」
「いやだ。俺が……やりたいんだ。別に、頼まれてるからやってる訳じゃない」
「……無理すると喋れなくなるよ」
「別に、痛い訳じゃねぇし」
「でも、なんか違和感があるんでしょ?なんかそういうの、誰か分かるエルフに診てもらった方がいいよ」
「あぁ、もう。大丈夫だから。別にいいって」
「っ!」
俺が少し面倒くさそうに答えると、それまで気遣うような視線を向けていたエーイチの目がゆらりと揺れた。
「サトシのバカ!いい加減にしろ!全然大丈夫じゃなさそうな雰囲気出しながら、大丈夫とか言うな!メーワクなんだよ!」
そう、柄にもない乱暴な口調で俺に向かって怒鳴りつけてきた。エーイチのこんな声、珍しい。いや、むしろ初めて聞いたかもしれない。
すると、丁度俺達の近くを通りかかったエルフが、「なんだ喧嘩かぁ?」「寿命も短いんだから、仲良くしろよー」と、軽い言葉を投げて去って行く。
そのせいで、それまでピンと張り詰めかけていた俺達の間に流れていた空気が、ジワリと緩んだ。
「エーイチ。寿命も短いのに喧嘩なんかすんなってさ」
「……喧嘩じゃないし」
「だな?」
俺はこの時初めて、エルフ達からの“寿命短い”イジリに対して、死ぬ程ありがたいと思ってしまった。そう言えば最近、皆に「もう寿命か?」と言われても、腹が立たない。
言われても、あんまりバカにされているような気がしないのだ。
「……ねぇ、サトシ。僕に嘘つかないでよ」
「ついてねぇって」
「嫌だよ。サトシ。僕……ここで一人になるの」
「え?」
先程までの、あの苛立ったような声質から一転して、エーイチの声が泥の中に沈んだような色を帯びる。その余りにも不安気な声の調子に、俺はそれまで逸らしていた目を、再びエーイチへと向けた。
そこには、小さな体を更に小さく丸めて、ポソポソと言葉を紡ぐエーイチの姿があった。
「……僕達人間は、ここで何かあっても、きっと街には返して貰えない」
「まぁ、そうだろうな」
「だとするとさ、ここで体調を崩したり、怪我しても、きっと僕達は放置される。だって、替えの利くペットだもん。カナリアが死んだら、次のカナリアを籠に入れればいい」
「……」
エーイチの手が俺の手に触れてきた。
その手は、意外にも皮膚が厚く、酷くゴツゴツしていた。その手が、これまでのエーイチの苦労を全て物語っている気がした。
「ハッキリ言うよ。僕は別にサトシの心配なんかしちゃいない。サトシが居なくなって、一人で寂しさと不安に堪えなきゃいけなくなるかもしれない、“僕”を心配してるんだ」
眼鏡越しの大きな瞳が、ユラリと俺の姿を映した。