「僕は僕が心配なんだ!サトシが心配な訳じゃない!」
「……エーイチ」
「だいたい、何だよコレ!サトシじゃないヤツが相手だったら、きっとこんな心配しなくて良かった筈なのに!」
その言葉に、俺はここ最近ずっとこびりついて離れなかった喉の違和感を、この時だけは本気で忘れてしまった。
それくらい、目の前のエーイチの必死さを帯びた声に耳を奪われてしまったのだ。
「僕はずっと一人でも平気だったんだ!なのに、サトシなんかと一緒に居たから、一人が怖くなった!こんなの困るよ!」
「ちょっ、エーイチ。落ち着けって」
「これが落ち着いてられる?ねぇ、お願いだから、体調が悪いなら早めに言って?サトシに何かあったらって考えたら、僕は怖くて堪らないんだ」
「……うわぁ」
そう切な気な様子で口にされた言葉と共に、皮の固くなったエーイチの手が、俺の手を包み込むように握りしめてきた。熱い。
え、なんだ、なんだ。何だコレ!
まるで、恋愛シミュレーションゲームのような台詞を、湯水のように湧き出させてくるエーイチに、俺はゴクリと喉を鳴らした。しかも、いつもの円みを帯びた高い声ではないのが、また堪らない。
そうだ、エーイチにはコッチの声もあったんだ。
「サトシ、僕を一人にするなっ!」
「っ!」
そう、なんとも言えぬイケメン声で喚くエーイチに、俺は思わず背筋をピンと伸ばした。
そうだ、ギャップだ!金弥にしても、このエーイチにしても……通常時とのギャップがズルい!憎い!俺にはコレが無いっ!羨ましい!
「……仲本聡志は、その余りの羨ましさに、目の前のエーイチの姿を直視する事が出来なかった」
「サトシ?何、ブツブツ言ってんの?ねぇ。熱でもあるんじゃない。目ぇ、逸らすな。コッチ見ろ」
「ぐふぅ」
そんな俺達の側を、今度はまた別のエルフ達が通りかかる。そして、チラと俺達を見ると、そのエルフ達は「おぉ」と何やら楽しそうな声を上げた。
「なんだぁ?お前らデキてんのかぁ?」
「なんか夜もゴチャゴチャうるせぇと思ったら、そういう事かよ」
「程々にしてくれよなぁ。コッチも溜まってんだからさぁ」
「今度、見学させてもらうか!」
おいおいおい!なんだ、ここは男子校の寮か!?
エルフ達の恐ろしい勘違いに対し、さすがの俺も放ってはおけず、「うるさいのは俺の寝言っすから!」と、とんでもなく恥ずかしい事を叫ぶ羽目になってしまった。
しかし、言いたい事だけ言って、笑って去って行ったあのエルフ達に、俺の言葉が届いているかは、甚だ疑問である。
「サトシぃ」
「あぁ、もう!エーイチ!ひとまず、落ち着け!俺は何ともない!」
「僕は、僕が心配だ。こんな、サトシが居なきゃダメみたいな自分で、僕は今後どうやって生きていけばいいのさ」
「……」
コレはワザとなのだろうか。
イーサとはまた違った、ちょっと婉曲した素直さだ。きっと、こんな風なデレ方をしてくるのは、後にも先にもエーイチくらいなモノだろう。
それにしても、普段から何かに付けて苦言ばかりを呈してくるエーイチのなんとも意外な一面に、俺はそろそろ、込み上げてくる笑いを堪えきれなかった。
「くくっ」
「え?サトシ?」
「あぁ、もう。エーイチ……お前、面白い」
「なに笑ってんの?元気なフリなら止めてよ!正直に言って!お願いだから、僕を安心させてよ!」
正直言って、かなり嬉しい。凄く嬉しい。まったく、なんとも変なデレ方をしてくれる。
こういうのを、一体何デレと言うのだろう。“ツン”でも“クー”でもない。何だ、コレは。ちっとも上手い言葉が思い浮かばない。
「さっきからさ、エーイチは自分の事を心配をしてるんだって言うけどさ」
「そうだよ!何回言えばわかるの!?僕は僕が一番心配なの!」
「それって普通に、俺の心配をしてくれてるよ」
「違う!僕は僕の心配をしてるんだ!サトシに何かあったら、僕が心配で辛くなるでしょう!?僕はそんな気持ちになりたくないんだ!だから、僕の心配!」
「……あー、ハイハイ、ありがとう。エーイチ」
うん。やはり、エーイチはツンデレキャラではない。どちらかと言えば、むしろ計算づくの“媚び”で相手の懐に入るタイプだ。
なので、今、こうしてエーイチの振りかざす持論は、きっと本気でそう思っているに違いない。
うーん、ズレデレ?いや、何だそれ。
「サトシ、何かある時は何でも話してよ。僕達人間同士じゃん」
「いや。そこは普通に『僕達、友達同士じゃん』でいいだろ」
何だよ、人間同士って。
そう、俺がエーイチに向かって軽く言うと、エーイチは何やら眉を顰めて此方を見ていた。急に、何その顔。
「あの、サトシ?僕の声真似は止めてくれるかな……妙に似てて気持ち悪いし、サトシの顔と合ってないよ。あのね?演技力は、時と場合を考えて、時には抑えるって事も必要だよ?」
「気持ち悪いって……急に苦言を呈してくるのやめて」
俺が急なカウンターに、完全にのされていると、当のエーイチは膝を抱えながら、何やらモゴモゴと口の中で言葉を転がし始めた。少し耳の端が赤くなっているのは、気のせいだろうか。
「それに、僕達が……友達って?そんなの、まだまだでしょ」
「いや、あそこまで言っといて……?なぁ、エーイチ、友達のランク高すぎない?」
あんな事まで言っておいて、“友達”を完全に否定してくるエーイチに、俺が重ねてショックを受けていると、エーイチは「え?」と首を傾げてきた。
「そうなの?僕、今まで、友達なんて居た事ないから分からないや」
「あ、そうなんだ」
「うん。ずっと、一人でやってきたし。その方が素早く動けるしね。だから、友達とかって、僕にはよく分からない。他人なんて、僕にとって利益がある存在なのかどうかしか考えた事ない」
「へぇ」
エーイチとは共同生活という、それこそ「四六時中ずっと一緒!」を地で行く生活をしているせいで感覚がバグり始めているが、まだ俺達は出会ってそう経っていないのだった。
だから、俺はエーイチの事を知っているようで、まだ余り知らない。こうして、お互いの事を話すって、もしかしたら初めてかもしれなかった。