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『なぁ、サトシ?』
『ん?』
金弥は聡志の横顔を見て思った。
あぁ、これは明日にでも熱を出すぞ、と。
聡志は先程から繰り返し繰り返し、手にしていたお茶を口に含んでいる。そして、きっと無意識だろう。片方の手で、何度も喉に触れていた。
『サトシ、喉痛いだろ』
『は?別に痛くないし』
そう言ってスルリと金弥から視線を逸らす聡志に、金弥は確信した。これは絶対に、寝込むだろうな、と。
『サトシ。熱出たら連絡してよ。俺、看病するからさ』
『は?いいよ。つーか、何もないし。お前、明日、朝からバイトだろ?今日は早めに帰れよ』
『あぁ、バイト。確かにそうだった』
『おい。なんでキンのシフトを俺の方が覚えてんだよ』
そう、呆れ顔で口にする聡志だが、言い終わった後、すぐにまたお茶を飲んだ。
大人になり、聡志が喉をやられて熱を出す事は、少なくなっていた。けれど、それでも一年に一度か二度は、必ず体調を崩す。それもこれも、サトシが無理をするからだ。喉が痛かろうが、体調が芳しくなかろうが、聡志は頑張ってしまう。
自分もきつい癖に、シフトを代わってやったり、事務所からのどんな小さな依頼も、絶対に率先して受けていく。
そうやって、当たり前みたいな顔をして無理をする。その結果、やっぱり熱を出すのだ。
『サトシは?明日バイト?』
『いや、明日はない。いーだろ?』
『ちぇっ、いーなぁ』
『久々の休みだー。明日何しよっかなぁ!』
そう、金弥の隣で背伸びをする聡志を、金弥は目を細めて眺めた。どうして、わざと平気なフリをしてみせるのか、金弥には欠片も理解できなかったのだ。
その日『じゃあな』と言って聡志と別れた後、金弥はバイト仲間に電話をした。
体調が悪いので、明日のシフトを代わってくれ、と。
金弥も声優を長年目指してきた人間だ。電話越しでの演技など容易かった。二つ返事で了承の返事を引き出し、労いの言葉まで貰った。
『これで大丈夫だ』
勿論嘘だ。体調など悪くない。金弥は昔から丈夫だ。熱なんて本当に、人生で数える程しか出た事がなかった。
『別に、“誰の”とは言ってねーし』
こんな事で、金弥は良心の呵責に苛まれたりしない。
目的があって、やりたい事がある。その為にしなければならない事もハッキリしていた。だから、それをした。ただ、それだけ。何に心を痛ませる必要があるというのか。
『……サトシは優し過ぎなんだよ』
その辺、聡志は妙に相手の気持ちを慮るせいで、色々と下手くそだ。聡志は誰にでも優しい。見ていて、苛立つ事も多い。
『でも、それがサトシだ』
金弥は必要そうなモノを買い込み、時が過ぎるのを待った。聡志の家の鍵は、もう持っている。
『そろそろ、だな』
聡志が体調を崩すのは、決まって夜中だ。夜中に一番熱が上がる。そうやって、聡志が体調を崩し切った頃、金弥は聡志の部屋に向かう。
あの、小学生の頃のように。
ソッと、扉を開いて。
熱にうかされる聡志の元へと近寄り、その顔を覗き込む。
『はぁっ、はぁっ。うぅ』
『さとしぃ、なんで俺に連絡しねーの?連絡しろっつったじゃん』
『っぅ、はぁっ』
『いっつもサトシは約束破るよな?平気そうなフリしてさ。この嘘つき』
聡志の吐く息が熱い。ソッと金弥は聡志の首元に手を這わせてみた。熱いのだろう。その肌は汗でしっとりと汗ばんでいた。指に、肌が吸い付く。
『サトシ、あついね』
幼い頃に、腹の中にあった恋しさが“劣情”に変わり、そして今はハッキリとした“欲情”に変わった。もう、聡志への色欲に、後ろめたさなどない。
だって、それもこれも、全部、聡志がくれたものだ。
『キン君が、治してやるよ』
『っはっは』
金弥はそのまま自身の唇を、微かに開いた聡志の口の中にねじ込んだ。苦し気な聡志の呼吸が、二人の唇の隙間から微かに漏れる。
『っんぅ』
聡志の声が、耳の奥までねっとりとこびりつく。堪らない。この声を、金弥はずっと聴いていたかった。
『っはぁ、サトシ』
必死に、脇目もふらず金弥は聡志の熱を全部受け取る。しかし、何をどうしたって聡志の熱が金弥に移った事は、一度もなかった。
『すぅ、すぅ、すぅ』
聡志の寝息が聞こえる。
『さとしぃ。なんで、キン君に。助けてって言ってくれねーの?』
眠る聡志の隣で、金弥はただひたすら聡志の体を撫でながら、熱い息を吐いた。やはり、その日も聡志の熱は、聡志の中に留まり続け、金弥の元へは来てくれなかった。