「ちょっちょっちょっ!何々!?私以外のキャラ全員が麻痺と毒の状態異常ってどういう事!?」
栞は炭鉱ダンジョンの画面を凝視しながら、大きく目を見開いた。
唯一、主人公である【シオリ】のステータス画面には、毒もマヒも起こっていない。
「いや、これ。絶対イーサのくれたネックレスのお陰でしょ!」
それしか考えられない!と栞は素早く自身の装備品画面の【イーサから貰ったネックレス】の項目を開いた。するとどうだ。
「って、いつの間にかネックレス説明文が書き換えられてるし……」
画面に現れた【イーサから貰ったネックレス】の装備効果に、栞は呆れたように呟いた。
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【イーサから貰ったネックレス】
クリプラントの国章の付いたシンプルで綺麗なネックレス。イーサからは絶対に外すなと言われている。
効果:全状態異常無効
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そう、最初にネックレスを貰った時と、説明文がガラリと変わっているのだ。確か、最初は「効果:なし」だった筈だ。それが、本当にいつの間にか「効果:全状態異常無効」と言う、超優秀な装備品に姿を変えていた。
「やっぱりね。何か絶対にあると思ったのよ。てか、全状態異常無効ってチート過ぎでしょ」
そんなチート級の装備品効果を持つネックレスのお陰で、画面の向こうで隊服に身を包む【シオリ】は、一人だけHP減少も、行動制限も掛かっていない。
「でも、自分だけ動けても仕方がないのよね。だって、このダンジョンの達成条件は……」
達成条件
【犠牲者を出さず、三十日間を乗り切る】
敗北条件
【主人公の行動不能・隊員に犠牲者を出す】
まさか、急にこんな坑道内で生き残りをかけたデスゲームが繰り広げられるとは思いも寄らなかった。毎晩行われるイーサとの【夢会話システム】が無ければ、恋愛シミュレーションゲームである事を忘れてしまいそうだ。
「エルフ達はまだいいわ。マナによる状態異常に耐性があるから、毒もマヒ進行が遅いし。でも、一番ヤバいのが……」
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【エーイチ】
シオン。どうしてだろう。僕、頭が痛い。苦しいよ。
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そう、苦し気な様子で体調不良を訴えるのは、同じく人間としてこのナンス鉱山に送り込まれた、人間の【エーイチ】という人物だった。眼鏡をかけたショタっぽいキャラで、この炭鉱でのアイテム売買を担う、いわば道具屋的な立ち位置の人物であった。
「あぁっ!エーイチのHPゲージが真っ赤!ちょっちょっ!さっそく犠牲者が出ちゃうじゃない!これどうするの!?」
ちなみに、エーイチの言う【シオン】というのは、【シオリ】の事だ。何故、名前が変わっているのかと言えば、このナンス鉱山に送り出される際、マティックと交わした約束に起因している。
——栞?いいですか。絶対に他のエルフ達に、ご自身が「女」である事を気取られてはなりませんよ?いいですね?
と、そんな経緯もあり、このナンス鉱山でのイベントに参加する際、再びキャラを命名する羽目になったのだ。
栞も、最初こそは「男装して部隊に潜入なんて、少女漫画の胸熱王道展開じゃない!ひゃっほー!」と、睡眠不足のテンションのせいで楽しく飛び上がったりもしたが、まさか、こんな事になるとは思わなかった。
最早、恋愛的なドキドキよりも、仲間が死んでゲームオーバーになるかもしれないというドキドキが、完全に栞の中で上回ってしまっている。
「あ、何か選択肢が出て来た」
エーイチが苦しそうだ。どうする?
【エーイチや皆を、バレないように回復する】
【隊長に報告する】
【何もしない】
「えぇっ!どうしよ。でもでも!ひとまず、エーイチを回復させないと、このままじゃ死んじゃうじゃない!?」
そうなのだ。
エーイチのHPゲージは既に“瀕死”状態。毒のせいで、一定時間内に一定量のHPが削られる仕様なので、グダグダと悩んでいては、エーイチのHPはゼロになってしまう。
栞は【エーイチや皆を、バレないように回復させる】を選ぶと、自身の聖女としての回復能力を駆使し、エーイチの状態異常を解消させ、HPも全回復させた。
そもそも、あの状況で、悠長に隊長になど報告していたら、エーイチは確実にHPゼロで死亡してしまっていただろう。
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【エーイチ】
あれ?シオンが僕に触った途端、さっきまできつかったのが治っちゃった。シオン、僕に何かした?
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「したわよ!もう、可愛いわね!」
きょとんとしたエーイチのグラフィックに、栞はホッと胸を撫で下ろした。ひとまず急場は凌げたようだ。次いで、画面上の主人公の言葉に従い、坑道の中をあちこちと探索する。そして、主人公は予想通り一つの結論へと辿り付いた。
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【シオン】
(ここ、毒ガスが出てる。しかも、コレは普通の毒じゃない。マナが混じってる!こんなのマナに耐性のない人間が浴びたらひとたまりもないわ!)
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「あぁー、マティックの言ってた【炭鉱のカナリア】ってこういう事だったのね」
主人公の辿り着いた結論に、栞はマティックの、あの胡散臭い笑みを思い出した。選択肢などほぼ無い中で、マティックに迫られた二者択一。
——さぁ、貴方に、命を懸けた提案をしましょう。シオリ、「炭鉱のカナリア」におなりなさい。
【いいえ】など選べよう筈も無かった。確かに、これは命がけの任務だ。
「だから、エルフ達はマナに耐性のない“人間”を鉱山に連れて行くのね」
そう、それが【炭鉱のカナリア】の本当の役割。
人間が先に弱って倒れれば、エルフ達はここに毒ガスが蔓延している事にイチ早く気付く事が出来る。
「そうすれば、エルフの犠牲者の数だけは。最小限に抑え込めるってワケか」
シリーズを通してプレイしてきた栞だったが、人間としてクリプラントの中を動き回るのは初めての事だ。様々なキャラとの会話で人間への扱いが酷い酷いとは思ってきたが、まさかここまでとは。
しかし、だからと言ってどうと言う訳ではない。
「まぁ、でも今までもハーフエルフは人間達から迫害されてたし。やってる事はエルフも人間も同じね」
異種族への知見の無さが恐怖を生み、そしてその恐怖から迫害や差別が生まれる。それはどこの世界も同じ事だ。
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【シオン】
(酷いけど……でも、私はエルフの皆も死なせたくない)
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「そうねぇ。そもそも達成条件が“犠牲者を出さない”だし。死なせたらアウトなのよ。それに、」
栞はこれまでの数日間、この坑道の中で繰り広げられてきたエルフ達との小気味の良い会話や、いくつかのイベントを思い出しながら思った。
「それに、知っちゃうとねぇ。困った事に、どんなキャラにも愛着が沸いちゃうモンなのよ」
画面に映るテザーやエーイチ、それにその他のエルフ達のコロコロと動き回るグラフィックを見ながら栞は改めて思った。
知らないからこそ差別と偏見が生まれ、知る事で愛が生まれる。
そう。栞はまさにそんな経験を高校時代の青春の一幕で体験した事があった。
「善と一、まだ一緒に住んでるのかなぁ?」
そう、栞は懐かしい高校時代の友人二人を思い出しながら呟くと「まぁ、どうでもいっか」とゲーム画面へと向き直った。
「さて、エーイチの状態異常は取り払ったけど、どうせ此処に居たらまた同じようになるわよね。それに、他のエルフ達も放ってはおけないし、どうしたもんかなぁ」
何をどう足掻いても三十日間は、犠牲者を出す事は許されない。
それに、無事に毎日を過ごして夜を迎えなければ、本命馬でもあるイーサとの【夢会話】もまともに出来ないのである。今はぬいぐるみとしての立場を甘んじて受け入れている栞だが、このままでは終わらせられない。
なにせ【セブンスナイト】は、“恋愛”シミュレーションゲームなのだから。
「まぁ、合間を見て皆をこっそり回復していく方向でやってみますか!」
そう、栞が大まかな今後の方向性を決めて画面に目をやると、一つだけ気になるモノを見つけた。
「あれ?何コレ」
それはシオリのステータス画面。HPゲージの横に付着した汗マーク。そして、更に目を細めて見てみれば、汗マークの上に、漢字でこう、書いてあった。
「疲労?」
栞は自身の肩にも重くのしかかる、睡眠不足という疲労感にその身を委ねながら、シパシパと目を瞬かせた。
ゲームの主人公の中にも現れた【疲労】の文字。その文字の意味を、栞が知るのは、もう少し後の話である。