106:サトシとあもの自問自答

 

 

 パチリと目を覚ました。

 そこは、いつもの王宮の中庭だった。ただ、いつもと違うのは、俺の頭の上に広がるのが夜空ではなく青空という事だ。

 

 どうやら、今は昼間らしい。

 

『イーサのとこ行こ!』

 

 俺は昼だろうが夜だろうがそんな事は一切関係なく、中庭の小道を走ってイーサの元へと向かった。いつもより心臓の音がうるさい。何故だろうか。いつも以上にイーサに会いたくて仕方が無かった。

 

『イーサぁ!イーサぁ!オレだよ、サトシだよー!』

 

 コンコン、コンコンと何度となくイーサの部屋の扉の戸を叩くが、中からは何の返事もない。いつもなら、一回呼ぶだけでイーサが『良く来たな!サトシ!』と、その大きな両腕を広げて出迎えてくれるというのに。

 

『イーサぁ。いーさぁ……いないのー?ねてるのー?』

 

 返事もない、足音も聞こえない。ここまでしても返事がないという事は、きっとイーサは部屋に居ないのだ。そう、なんとなく分かっているのに、俺は大声でイーサを呼ぶのをやめられなかった。

 

『いーさ!いーさぁ!』

 

 寂しくて、辛くて、少しずつ声が震えていくのが分かった。

 泣きそうだ。しかし、そう思った時には、既に俺の頬には大量の涙が流れていた。イーサが居ない。それが分かった瞬間、それまで腹の底で我慢していたモノが、マグマのように吹き出してきたのだ。

 

『いーざぁぁっ!オレぇ。のどが、いたいよー!ずっとビリビリして、いたくて、へんだったよー!おれ、ずっと、ずっと、がまんしてたよー!』

 

 ドンドン、ドンドン。

 いつまで経っても返事のない、開かれる事のない扉を俺は必死に叩き続ける。

 

『えーいちも、しんじゃうよー!くるじいよー!いーさぁ、いーざぁっ!』

 

 うえぇぇぇんっ!

 そう、痛みを抱える喉で、俺は多いに泣いた。どうしてだろう。ずっと前から喉は痛かった筈で、イーサからは「何かあったらすぐに言うんだぞ」と口を酸っぱくして言われていたのに。

 実際にこうして大声で苦しい事が叫べるのは、イーサが居ないと分かった瞬間からだ。

 

『っひく、っひぐ』

 

 ここで、俺は泣いてばかりだ。

 本当は泣きたくない。泣いても何も解決しないと分かっているから。それに、イーサには弱い所は見せたくない。俺の強い所だけ、格好良い所だけを、見せていたいんだ。

 

何故かって?そりゃあ、だって。

イーサの声を聴くと思い出してしまうから。

 

『きンー!』

 

 山吹 金弥を。

 

『あいだいよー!どこいっだんだよー!ずっといっじょって、いっだのにー!ひとりだけ、さきにいってぇ!おれを、いつもおいでいっでぇ!』

 

 イーサが喋る度に、思い出して寂しくなる。

 イーサの声は、金弥の声だ。

 ずっと信じたくなくて、認めたくなくて“似てる”って思って見ないフリをしてきたけれど、似てるんじゃない。同じなのだ。

 

 俺が、金弥の声を聴き間違う筈がない。

 

『いーざぁ。ぎんやぁっ。おれぇ、これからどうすればいいのぉ』

 

 こんな、みっともない所は見せれない。

 俺はビットみたいに格好良い主人公が好きなんだ。金弥にも、イーサにも、俺はそういう奴でありたい。

だから、俺は誰も居ないこの場所で、めいっぱい泣いておくことにした。

 

『っひぅ、っひく』

 

 片手で目をこすりながら、俺はドアノブに背伸びをして手をかけた。ガチャリと、その扉は簡単に開いた。本当はこんな事、してはいけないって分かっている。他人の部屋に、勝手に入るなんて。でも、今の俺は泣ける場所が欲しかった。

 

 誰も居ないけど、安心できる場所で。

 俺はたくさん泣きたかったのだ。きっと、現実世界では泣けないから。

 

『おじゃま、じます』

 

 俺は顔をビシャビシャにしながらも、律義に頭を下げ、見慣れたイーサの部屋に入る。部屋に入った途端、安心する匂いが鼻の奥にするりと入り込んでくる。これは、俺の好きな匂いだ。

そして、そこから俺は転がるようにいつもイーサとお喋りをするベッドの上へと飛び乗った。ここは、この世で一番安心する匂いのする所だ。

 

ここなら大丈夫。ここなら安心して泣ける。

それに、ここにはアイツも居るから、一人だけど一人じゃない。

 

『あも』

 

 そこには、イーサの友達のあもが寝ていた。イーサが居なくても、あもは笑っている。

イーサのフワフワのベッドとあもからは、“濃い”太陽の匂いがした。

 

あぁ、懐かしい、懐かしい。これは、イーサの匂いでもあり、金弥の匂いでもある。

 

『あも。オレ、のどが、すごくいたいんだ』

 

 俺はベッドの上で、にっこり笑ってこちらを見てくるあもへと話しかけた。そして、

 

「どうして?風邪を引いちゃったの?」

 

 返事をしないあもの代わりに、俺はあもの声を想像して返事をする。多分あもの声は、高くて、ふわふわで、まあるい筈だ。こんな声。そう、こんな声だ。

最初にここでイーサに出会った時に言われた。

 

——サトシ!あもを喋らせろ!

 

 そう言われて、俺はあもになりきってイーサに話しかけた。それを、今は自分にやる。

 

『ちがう。びりびりして、こわい感じ。こんなの初めてだ。でも、もっと怖いことが、あったんだよ』

「どんなこと?」

『ともだちが死んじゃうかもしれないんだ』

「助けられない?」

『助けたい』

「じゃあ、どうしよう」

『……どう、しよう』

「さとし、一緒に考えようよ。いっぱい、今までのことも話してよ。そしたら、一緒に考えられるよ」

『う゛んっ。わがっだ』

 

 俺はボロボロと涙を零しながら、笑うあもに抱き着いた。耳の奥でエーイチの声が聞こえる。エーイチは沢山の事を、俺に教えてくれた。

 

 知りたい事は、誰かに聞くだけじゃだめ。

 自分で考えることを止めたらだめ。

 答えがないときもいっぱいある。そういうときは、自分で答えを作り出さないとだめ。

 

『あのな、あも。最初におれの喉が痛くなったのは……』

 

そこから、俺の長い長い、現実と戦う為の自問自答が始まったのである。

 

 

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