山吹金弥の世界は、聡志が全てだった。
けれど、聡志にとってはそうではない。それを、金弥は自然と理解していた。
——キン!あっちに行って、皆と遊ぼうぜ!
みんな?みんななど必要ないだろ?オレだけじゃダメなの?そう、幼い頃から何度思ったか分からない。
自分はこんなにも聡志に囚われているのに、聡志は自由に外を飛び回っている。そして誰彼構わず優しさを振りまく。
——あ。あの子、可愛いな
——金弥。俺、あの子に部屋とか教えてきてあげるから、先行ってろよ
——“その誰かは、俺でいいだろ?
『……ありえねぇよ。サトシ』
突然現れた女に、優しくしようとする。
それが、金弥には許せなかった。金弥がそうであるように、聡志にも自分に囚われていてほしかった。
『きん君は、さとしの。そして……サトシも、きん君の』
故に、金弥は甘い香水の匂いを放つ女達を抱く。聡志を、金弥の鳥かごに閉じ込めておくために。
そして、金弥は女を抱いたその体を抱え、聡志の元へと帰るのだ。
〇
『……うえっ』
金弥は自身の首元に顔をうずめ、小さくえずく聡志の声を聞いた。
聡志の息が金弥の首筋に当たる。くすぐったい。まるで匂いを嗅ぐように身を寄せてくる聡志に、金弥は堪らない気持ちになった。
『……っふ』
あぁ、体が熱い。心が震える。
ただ、いくら体を火照らせ熱くさせようとも、金弥の欲望は何の反応も見せなかった。なにせ、その熱は先程、名前もよく覚えきれない女に吐き出してきたばかりだからだ。
『すんすん』
『……っ!』
聡志の静かな鼻息に、金弥は思わず声を漏らしそうにった。ただ、寸での所でそれを抑え込む。金弥は、こうして寝たふりをしてその間の聡志の行動を観察するのが好きだった。
『……くせぇな』
『……っ』
寝たふりを続ける金弥の耳に、聡志の吐き捨てるような声が響く。声を聞く限り、聡志は拗ねているようだった。それも相当。
まるで。嫉妬でもしているかのように。
『たのむから、風呂くらい入って来てくれよ』
普段の聡志なら絶対にそんな声は出さない。こんな風に金弥に肌を寄せる事もしない。甘えてこない。
これは、全部金弥が寝ていると思っているからこそ、見る事の出来る聡志の姿だ。だからこそ、金弥はこの行為をやめられない。
どんなに気持ちの悪い甘ったるい匂いの女を抱く事になっても、頭の先を刺激するような耳障りな嬌声を聞く事になっても。
—–山吹君、ここ。教えてくれる?
—–いいよ!どこ?
聡志と二人の時間を、邪魔されようとも。
『……だったら、すんなよ。セックスなんて』
この時だけは、聡志も金弥の鳥かごの中に囚われてくれていると実感できるから。だから、金弥は女を抱く。体に名前も知らない女の匂いをこびりつかせ、神様に会いに行く。
『うえっ』
神様を鳥籠の中に捕らえる為に。
———-
——-
—-
「さて、これでどうだ?俺はナンス鉱山に行くべきだと、お前もよおく分かっただろ?なぁ?」
マティック?
そう、執務室で向かい合いながらイーサの理路整然とした論述に、マティックは完全にお手上げだった。
まさか、渋々ながらもここまで自分が意見を変えられるとは。
「わかりました。わかりましたよ。イーサ王。ナンス鉱山へ行きましょう。名目は王族による現場視察」
「兵の士気を上げる為、他の暇を持て余したあの弟妹達も連れていこう。この公務は……。まぁ、そうだな。王族という肩書があれば出来る、簡単なお仕事だからな」
「……彼らが素直に行くと言うか」
「アイツらの意思など関係ない。王様の命令は絶対だ」
「……あまり敵を作るようなやり方は止めてくださいね」
「その辺はお前が上手くやれ」
マティックの両手を上げて示される降参のポーズに、イーサは小さく拳を握りしめた。これで、正式に、真っ当にナンス鉱山へと行く事が出来る。
その他手続きや諸々の面倒事は、全部このマティックに投げておけば何とかなるだろう。
あぁ、やっとサトシに会える。
会えたら絶対に“仕置き”をしてやるぞ。
そう、イーサが満面の笑みを浮かべた時だ。
コンコン。
執務室の扉をノックする音が聞こえた。その音に、マティックは「あぁ、」と何かに思い当たった様子で顔を上げると、イーサへと目を向けた。
「きっと、ナンス鉱山からの定期報告です。だいたいこの時刻にまとめて私の所へと持って来るんですよ」
「そうか。それは丁度良かったな」
何がどう丁度良いのか。マティックは明らかに上機嫌なイーサの様子に溜息を吐くと「入りなさい」と扉の向こうに声をかけた。すると、執務室の扉が勢いよく開かれる。
「失礼します!マティック様、ナンス鉱山から緊急の報告が入りま……えっ、あ?」
入って来たその若い官吏は、マティックしか居ないと思っていた部屋に見慣れぬ人物が居る事に一瞬だけ戸惑った。
緊急の報告ではあるが、この報告内容が見知らぬ誰かの居る前で、おいそれと口に出来るような内容かは、そもそも若い官吏には判断しかねるからだ。
そんな官吏の心情を察したのだろう。マティックは目を伏せ、若い官吏に対し小さく頷いてみせた。
「彼の事は気にしなくていい。報告を続けなさい」
「そうだ。緊急の報告とは一体なんだ。早く言え」
「あ。は、はい!」
マティックと並び立つその見慣れぬ男の姿に、官吏は何故か酷く自身の背筋が伸びるのを止められなかった。
煌々と輝く美しい金色の髪の毛。そして艶やかな器量を持つその男に、官吏は小さく息を呑む。まるで、ヴィタリック王を前にしたかのような緊張感だ、と。
何故か、そんな事を思ってしまった。
「では、報告します――」
そして、腹の奥に巣食う緊張に呼吸が途切れそうになるのを必死に堪えながら、官吏は一息で“報告”を終えた。
「えっ?」
その瞬間、それまで余裕と気迫のたっぷり詰まったオーラを醸し出していた金髪の男が、目を見開いて此方を見ていた。
「それは、本当か……?」
震える声で、口にされた声は――。
どことなく、ヴィタリック王の声と、よく似ている気がした。