120:キモチイイコト

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 俺は、ホントはずっと気付いていた。

 金弥が俺の事を、どんな目で見ているのか。どんな風に思っているのか。

 

 気付いていたのに、気付いていないフリをしていた。

 ずっと、ずっと――。

 

 

        〇

 

 

『サトシ?こんなところでねたら、またノドが痛くなるぞー』

 

 

 本当に、最初は偶然だったんだ。

 小学生の頃……あれは確か、八歳の頃だったと思う。

ちょうど大好きだったアニメ【自由冒険者ビット】の放送が終わり、俺は心にぽっかりと穴が空いたような毎日を過ごしていた。

 

 だから、よく覚えている。

 

『キン!かえろーぜ!』

『うんっ!』

 

 その日も、俺は学校帰りに金弥と冒険しながら帰っていた。

 今思えば、家から学校までの、ほんの十分程度の通学路を、毎日毎日、よく飽きもせず一時間以上かけて帰っていたモノだと感心する。

 

 一体どこを冒険していたのか。

 その頃の俺と金弥のブームは、学校の裏山だった。帰りの会が終わった瞬間、俺と金弥は学校を飛び出し、帰り道とは真逆の方向へと走る。

 

『じゃあ金弥!今日もオレは右のルートをかいたくするぞ!』

『じゃあ、オレは左!』

 

 そんな事を言って、俺と金弥は冒険ごっこを楽しむのだ。ポケットに突っ込んだメモ帳を取り出して、俺は裏山の地図を完成させながら歩く。

 

『お!これは昨日は無かった葉っぱだ!』

 

 まぁ、地図と言っても大したモノではない。

 ここには何が落ちていた、とか。ここには一つだけ葉っぱの形の違う木がある、とか。そんな下らない事を、俺は必死に記録して歩いていたのだ。

 

今になって思えば、俺の几帳面な記録癖は既にこの頃には確立されていたように思う。もちろん、金弥はメモなんて取らない。

 

『うーん、こっちのルートは、ほとんどマップが完成したな!』

 

 そうやって金弥と別れて歩き続けていた俺は、それまで出していたメモ帳をポケットの中へと仕舞い込んだ。

 後は、木に登ってみたり、見た事のない虫を捕まえてみたり。ともかく好きな事を一通り終えると、“いつもの場所”へ向かう。

 

『とーちゃく!』

 

 いつもの場所。

 裏山の頂上にある。一番大きな木の下。そこが、その頃の俺と金弥の待ち合わせ場所だ。

その日は、マップ作りを早くに終えた事もあって、俺の方が先に“いつもの場所”へと到着した。

 

『キンはまだか……』

 

 俺は山のてっぺんから学校を見下ろしながら、その大木を背にして地面に座り込む。

 

『ふあ』

 

 少し、眠い。最近、寝るのが遅いからだ。

 その頃の俺は、ビットが終わってしまったのが悲しくて、夜、ずっと布団の中でビットの台詞を口にして過ごしていた。

 そのくらい、俺にとって【自由冒険者ビット】は大きな存在だったのだ。

 

『ちょっと、だけ……』

 

 俺はソヨソヨと吹いてくる秋風に体を撫でられながら、少しだけ目を閉じた。

 でも、さすがに熟睡は出来そうにない。頭のどこかは起きていて、でも確かに眠ってはいる。そんな不思議な感覚だった。

 

『とーちゃーく!』

 

 すると、そこへ金弥がやって来た。

 

『……あれ?サトシ?』

 

 タタタッと、金弥の足音がコッチへ近づいてくる。半分だけ眠っていた意識がハッキリと覚醒する。

 

『サトシ?ねてるの?』

 

 その瞬間、俺はちょっとしたイタズラ心が芽生えた。寝たフリをして金弥を驚かせてやろう、と。俺は目を瞑り続け、バレないように一定間隔で「すうすう」と睡眠時特有の呼吸音を奏でてみせる。

 我ながら上手いじゃないかと思う。

 

『サトシ?こんなところでねたら、またノドが痛くなるぞ』

 

 どうやら、まだ金弥にはバレていないようだ。

 

『サートシ?』

 

 金弥が、俺のすぐ傍にやって来たのが分かった。金弥を物凄く近くに感じる。

 金弥の匂い。太陽みたいな匂い。俺、金弥の匂いは昔から好きだった。これが傍にあると、俺は酷く安心してしまう。

 

『さとし?』

『……』

 

それでも、俺は寝たふりを続ける。心の中では、どのタイミングで起きてやろうかとワクワクしていた。

 

 一番、金弥がびっくりするタイミングで目を覚ましてやる。そう思った時だった。

 

『はぁっ、さとし。ねてる?おきない?いい?まだ、おきないでね』

 

 何故か、少しだけ苦しそうな吐息を漏らしながら、金弥が俺により近づいてくるのを感じた。

どこか出会ったばかりの頃を思い出す、甘えたような喋り方。金弥の生暖かい息が、俺の口と鼻にかかる。

 

『っは、さとしぃ』

 

 なんだ?一体、金弥は何をする気なんだ?

 

 そう、混乱する最中、次の瞬間には、俺と金弥の唇がぶつかっていた。

 驚き過ぎて、何の反応も取れない。

 

 ちゅっ、ちゅっと、音を立ててついばむように口を吸われる。

何度も何度も何度も何度も。唇が痛くなるくらい。どうやら、金弥は俺の口に吸い付くのに夢中になっているようだった。

 

 俺は、一体どうしたらいいんだろう。

 その頃、俺はまだこの行為に“キス”という名前が付いている事も、これがどういった意味を持つ行為なのかも理解していなかった。

 

 ただ、本能的に思った。

 

『っはぁ、きもちぃ』

 

 これは、誰にも言ったらいけない事なんだって。

 しばらくして、金弥の口から漏れた感じ入ったような声に、俺は背中がピリと痺れるのを感じた。俺は起きている筈なのに、その後もしばらく動く事が出来なかった。

 

 

        〇

 

 

 そこから、金弥は何かにつけて俺に唇をくっ付けてくるようになった。

 俺の意識が無いと分かると、すぐに唇に吸い付いてくる。キャンプ、修学旅行など。泊まりがけの学校行事の夜などは、特に酷かった。

 

——-っはぁ、さとし。んんっ、ちゅっ。

 

 そして、この行為が“キス”という、友人同士では決してしない行為である事は、小学校の高学年には理解していた。

 

 そして、中学に上がる頃には、少しずつ少しずつ頻度と濃度が上がっていった。

 

『っはぁ、ん。さとしぃ』

 

 舌まで入れられるようになり、酷い時は、そのまま金弥が一緒に自慰まで始める事もあった程だ。正直、この頃になると「ヤバイ」とは思いつつ、金弥のしてくるこの行為に、俺自身もハマってしまっていた。

 

 

『……今日も、言えなかった』

 

 今日は誰も居ない、帰宅途中のバスの中でキスをされた。誰も居ないから良かったものの、最近、金弥は周囲の目を気にしなさ過ぎる所がある。

 じゃあ、寝たフリなどしなければいいのに、それでも俺は、時折やる、この寝たふりを止められないでいた。

 

『……だって、気持ち良過ぎなんだよ』

 

 俺は自室で枕に頭を押し付けながら、これまでの金弥の行為を思い出して、体が熱くなるのを止められなかった。

 

 気持ち良い。

 そう、気持ち良いのだ。

 何が?もちろん、キスそのモノもそうだ。

 

 最近では、金弥の口付けは更に激しさを増してきて、自分の唾液を俺に呑ませようと注ぎ込むようなキスまでやってくる。

 口の中を、金弥の舌が無遠慮に蠢く。そんなキスの中、思わず俺からも舌を絡めてしまいそうになるのを、寸での所で堪えるのだ。だって、俺は寝ているのだから。そんな事は出来ない。

 

 

 俺は金弥とのキスにハマっていた。

 

『ただ、仲本聡志は自分のその行為が、そういった快楽にのみハマってしまっている訳ではない事を、ハッキリと理解していた』

 

 枕に顔を押し付けながら、セルフ語り部をする。くぐもった声ながら、いつもよりしっかりと聡志の耳に届く。

 そうやって声に出さないと、認めがたい感情が、そこにはあった。ただ、一人称を使ってなど、到底語り切れない。この感情とは距離を取らないと。

 

でも、だからと言って目を背ける訳にはいかなかった。

 

『仲本聡志は気持ち良かった。金弥が、“仲本聡志”に夢中な事が』

 

 その言葉に、背筋が震えた。しかし、まだまだセルフ語り部は終われない。

 

『主人公みたいに誰からも好かれて、誰からも特別扱いを受ける癖に、金弥自身は誰の事も特別に思ったりしない。金弥は誰の事も見ていない』

 

 そんな金弥が、唯一特別に思う人物が居る。それが、

 

『仲本聡志だ』

 

 っはぁ。

 枕に顔を押し付け過ぎて、息をするのが苦しい。俺は堪らず枕から顔を上げた。そのせいで、先程までくぐもっていた声が、ハッキリとしたモノへと変わる。

 

『山吹金弥の中で、仲本聡志だけは“特別”だった。皆から特別扱いを受ける山吹金弥に唯一特別に思ってもらえる。ソレは堪らなく、仲本聡志を』

 

 気持ち良くした。

 

 耳を塞ぎたいほど汚らしい気持ちに、俺は拳を握りしめると、そのまま何度も何度も枕を殴った。

 

——–っはぁ、さとし。さとし。

 

 金弥の、普段では聞く事の叶わない声が耳に残る。

 深く、低い声。きっと、この声は“仲本聡志”しか知らない筈だ。そう思うと、俺はジンと腹の底が熱くなるのを感じた。

 

——–さとし。

 

 耳元で聞こえるその声は、いつも熱っぽくていやらしかった。

 まるで金弥の声じゃないみたい。

 

『……サイテーだ』

 

 サイテーだと思うけど、俺はきっと明日からも寝たふりを止められないのだろう。想いに応える勇気も覚悟もない癖に、ただその気持ち良さだけを享受するために。

 

『……大嫌いだ』

 

 俺は、俺が大嫌いだ。