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『っぁん!っぁあぁんっ!』

 

 

 誰も居ない寂れた公園の一角で、俺は目の前で行われる“エッチな動画”に瞬きを忘れて魅入っていた。

 

 凄い、凄すぎる。

 今までコッソリ見て来た父ちゃんのエロ本では感じられなかった生っぽい世界が、そこにはあった。

 

「ふぉぉっ!」

「おい、静かにしろよ。ちょっとは黙れ」

「うん、うんうんうんっ!」

 

 隣で男の子に小突かれながら、俺はウンウンと頷いて彼の手の中にある動画をジッと見つめた。

 あぁ!通学路の真ん中で「エッチな動画を見せてください!」と土下座した甲斐があった。

 

「すっ、すごい!こ、こんなアングルで!」

「だから、黙……もういい」

 

 片耳だけイヤホンを借りる事が出来たので、全部の音が耳元で聞こえる。あ、もう片方のイヤホンは男の子が自分の耳に付けてる。

 あぁ、凄い。耳元で聞こえる男優さんの喘ぎ声は、とてもエッチで大迫力だ。

 

「あーー、クソ。何やってんだ、俺」

「キミは今、俺とエッチな動画を見ているよ」

「わざわざ言うなや……」

 

 食い入るように画面に見つめる俺に、いつの間にか男の子も腰を折って画面を覗き込んできた。

 

「あぁっ!!今のとこ、めちゃくちゃエッチだ!」

「……あぁ」

 

 そうやって俺達は、しばらく二人並んでエッチな動画に視線を注ぎ続けた。

 

 

        〇

 

 

 

「す、すごかった!」

「これで満足かよ」

「うん!ありがと!」

 

 様々な体位の末、じれったいカメラアングルで二人の最果てを見届けた俺は、まるで一本の映画を見たような満足感で満ち溢れていた。

 

 すごい。動くって凄い。音があるって凄い。男同士って凄い。

 それに――!

 

「この男優さん、凄かったなぁ!格好良いのに可愛くてエッチで!あと、おしりが物凄く綺麗だった!いつもカメラに、すごーく良いアングルでお尻が映るんだよなぁ」

「……お前、分かってんじゃねぇか」

 

 俺は突っ込まれていた方の男優さんの姿を思い出しながらしみじみ言うと、先程まで、物凄く不機嫌そうだった男の子が、突然俺の肩に腕を回してきた。

 

「お?」

「そうだよ!そうなんだよ!原武さんはネコの中でもトップクラスなんだよ!むしろ最高峰!この場面見ろ!カメラのこの角度を意識してイけるネコは、世界広しと言えど、原武さんしかいない!」

 

 熱く語りながら、男の子の目が明るくキラキラした光に彩られていく。キリっとしていた眉は笑顔で優しく垂れ下がって、やっと少しだけ年下っぽい顔になる。

 

「ほら、ここだよ!ここ!原武さんが、ガン堀りされてイく場面!」

 

 そして、彼が先程まで見ていた動画を、一瞬で見せたい場面まで指で戻すと、“この場面”を見せてくれる。

 

「ここかぁっ!この……ハラムさん?」

「そうだ、原武さんだ!今のゲイビ界を牽引する、トップネコだ!」

「ハラムさんが、この突っ込んでる人をさ、」

「そう言う役回りをするヤツを、タチっていう。まぁ、このタチの名前は覚えなくていい。新人だ。良い線いってはいるが、まだまだだな。原武さんは、この新人へのリードも凄かった」

「それは思った!ハラムさんが動かしてるなって!こう、自然と体と手で、このタチ?の人を動かしてよな?」

「……お前、分かってんじゃねぇか!」

 

 男の子がキリっとした目をとびきりの笑顔で隠した瞬間、俺の頭は、その大きな手でグシャグシャに撫でられていた。ピタリとくっ付くお互いの体。

 そんな俺達の間には、凄く気持ち良さそうに喘ぐハラムさんと、名前を覚えなくても良いタチの姿。

 

 やっぱり最高にエッチだ!

 

「俺!ハラムさんの他の動画も見たい!」

 

 そう、俺が隣に座る男の子の方を見て言うと、男の子は、目を大きく見開いて俺を見ていた。そして、

 

「いいぜ!他にも山程あっから!」

「やったーー!」

 

 驚いた顔は、そのまま再び笑顔に染まっていた。

 

「でも、俺、今から塾行かねぇとだから。ライン教えろよ。また連絡すっから」

「……えっと。俺、スマホ持ってない」

 

 俺が男の子から目を逸らしながら言うと、予想通りの質問が飛んで来た。

 

「なんで?」

「……うち、貧乏だから。スマホ、買えなくて」

「ふーん」

 

 男の子は少しだけ考えるような仕草を見せたが「まぁ、いいか」と、スマホを鞄に仕舞いこんだ。まさか「スマホがないなら無理」と、切られてしまうのだろうか。

 そう、俺が戦々恐々としていると、予想外の言葉が俺に投げかけられた。

 

「お前、名前は?」

「えっと、佐藤あられ。十六歳」

「……これで、二個上かよ。ありえねぇ」

「あの、キミは?」

「田中ゴウキ。中二」

 

 ゴウキ。そう、俺が男の子の名前を呟いていると、ゴウキはベンチから勢いよく立ち上がった。

 

「明日、五時半にこのベンチ集合」

「え?」

「じゃ」

 

 そう言って、あっさりと去って行くゴウキに、俺は頼りない“約束”だけを手に掴むと、その背中に大きな声で声をかけた。

 

「ゴウキー!また明日―!」

 

 叫ぶ俺に、ゴウキはこちらを振り返ることなく、軽く手だけ上げて返事をしてくれた。俺は嬉しくて、ゴウキの背中が見えなくなるまでずっと見送っていた。