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 あの日から、俺はスマホがもっと欲しくなった。

 

 

「ゴウキ!俺、絶対にバイト探す!」

「はぁ?どんなバイト探す気だよ」

 

 いつもの公園のベンチで、ゴウキが怪訝そうな表情で言った。「はぁ?」と、ゴウキの口から漏れた息が白くなって俺の方に流れてくる。

 最近、どんどん気温も下がってきた。

 でも、ゴウキと公園に居る時は、寒いのなんてちっとも気にならない。むしろ、楽しくてあったかいくらいだ。

 

「たくさん稼げるのがいいなって思う。だって、スマホ欲しいし!」

「スマホなら、俺が貸してやってんだろ」

「そうだけど……」

 

 確かに、ゴウキは最近当たり前のように俺にスマホを渡してくる。動画だって、俺一人で好きなのを見て良いって言ってくれた。

 

 そう、一人で、だ。

 でも、俺は前みたいにゴウキと一緒に動画を見たいのだ。一緒に音楽を聴くみたいに、体をくっつけて「ココ良いね」って話しながら。

 

 なのに、俺が動画を見ている時、ゴウキはいつもぼんやりとしている。ゴウキも楽しそうじゃないと、全然意味がないのに。

 だから最近、俺もハラムさんの動画を見ていない。

 

「……でも、欲しい」

「っは。今更スマホ持ったって、友達なんか出来ねぇからな」

「ちがう」

「何が?」

 

 何故か、ゴウキがどんどん不機嫌になる。別に、俺は学校で友達が欲しいからスマホを手に入れたいワケではない。

 

「俺、ゴウキと好きな時に繋がりたいんだ」

「あ?繋が…は!?」

「うん。俺、夜に家に居ると、ゴウキと話したくなる」

「っ!」

 

 俺の言葉に、ゴウキは物凄く驚いたような顔で俺の事を見ていた。いつもはキリッとした目が、ビックリする程大きく見開かれている。

 

「別にさ、何か用があるワケじゃないんだ。でも、ゴウキの声が聞きたいなぁって思う。アレだろ?みんな『今何してるー?』とかって、連絡し合うんだろ?俺、ゴウキとそれがやりたい」

 

 友達同士が普通は何をするのか、俺はよく知らない。小学生の頃までは良かったけど、家が色々あって、中学に上がってからはずっと一人だったし。

 

「なぁ、あられ」

「ん?」

 

 気付けば、ゴウキの顔が目の前にあった。

 最近では遠くなっていたゴウキとの距離が、最初の頃みたいに近くなった。お互いの肩が触れる。それだけで、俺は嬉しかった。

 

「明日休みだろ。ウチに泊まっていけよ」

「いいの?」

「……今日、親帰ってこねぇから」

「そっかー!じゃあ行く!」

「塾、終わるの七時だから。……待ってろよ」

「うん!塾の前で待ってる!絶対!」

 

 ゴウキが苦笑しながら、俺の頭を撫でてくれる。ゴウキが久々に頭を撫でてくれたのが嬉しくて、俺は顔が変に緩むのを止められなかった。

 

「あられ」

「なに?」

「バイト。面接受ける前に、俺に相談しろよ」

「なんで?」

「あられ。馬鹿だから、変なのに引っかかりそう」

「ゴウキって良い奴だなー」

「……良い奴なモンかよ」

 

 頭を撫でていたゴウキの手が、俺のうなじまで下りて来た。

 ゴウキの熱を帯びた指が、スルスルと俺のうなじを行ったり来たりする。ピリと背中に電気が走ったみたいなゾワゾワした感覚が、俺を襲う。

 

「ゴウキ?」

「……はぁっ、あられ」

 

 ゴウキの真剣で熱い目が、俺の目の真正面にある。これは、いつもより近い。ゴウキの気だるげな熱い息が、俺の頬にかかる。ちょっと苦しそう。

 俺、この顔知ってる。ハラムさんに突っ込む、タチの顔だ。

 

「……ごうき?」

 

 じゃあ、俺は今、どんな顔をしているのだろう。

 ゴウキの手が首筋から背中に下りてきた。今は、お尻のちょっと上。変な気分になってきた。このままだと勃、

 

ヴーヴーヴー

 

「っ!」

 

 ヤバイと思った瞬間、ゴウキのスマホが勢いよく震えた。何か連絡が来たようだ。

 

「っち、誰だよ。クソが」

 

 ゴウキはこっちが戸惑う程、イライラとしながらスマホを手に取ると、画面を見て更に眉を顰めた。

 

「どしたの?」

「母さん」

「何だって?」

「塾、絶対にサボるなよって。ウザ」

 

 ゴウキは苛立たし気にスマホをポケットに仕舞うと、ベンチから勢いよく立ち上がった。

 

「ゴウキが、最近塾をサボるからだよ」

「……だって、行きたくねぇし」

「今日は行くの?」

「うん、夜。あられと居る時に電話とかかかってきたら嫌だし」

「そっか」

 

 少し残念だった。もしかしたら、ゴウキは塾をサボってこのまま俺と居てくれるかもしれない、なんて期待してしまったからだ。

 

「あられ。金やるから。どっか店で待ってろ」

「いい!塾の前で待ってる!」

「あ?暇だろうが。金の事は気にすんなよ」

「んーん、いい!ゴウキの事考えてたらすぐだから!」

「う゛っ」

 

 俺はゴウキと肩をくっつけて、塾まで歩いた。

「ここにいるからー!」と言って手を振った俺に、ゴウキは返事の代わりに片手を上げた。その後ろ姿に、先程の背筋がピリピリする感じが蘇ってくる。

 

 

 ゴウキ、最近後ろ姿だけでも格好良い。