(ごめんなさぁい)
閉ざされた心を開く唯一の手段。それが“声”だったのに。ソレまで自業自得で失った。
『――――っ!』
声。
俺の唯一の特技。唯一の自尊心。俺の唯一の夢。
その中には沢山の劣等感も、辛い気持ちもいっぱい詰まっていた。唯一だからこそ、脅かされそうになった時の辛さや焦りは尋常じゃなかった。
でも、無くなったら、そんな辛さは大した事ではなかったと気付いた。
(いーさぁ。また、あいたい)
俺はイーサから貰ったネックレスを握りしめながら、もう出せない声の代わりにそれだけを思った。
また、どこからか風が吹いてきた。ランプの灯が揺れ、俺の影も揺れる。
すると俺を照らしていたランプの灯りが、何か大きなモノによって遮られていた。
『サトシもイーサに会いたかったのか』
『……っ!』
振り返ってみれば、そこにはイーサが居た。床に座り込む俺に対し、腰を折って顔を覗き込んでくる。
『ほう。“こっち”のお前が泣いているのを見るのは初めてかもしれないな。なるほど、コレは良いモノを見た』
そう言って、どこかあっけらかんとした表情を浮かべるイーサに、俺はただただ目を見開く事しか出来なかった。
あぁ、イーサだ。いつもの、イーサだ。
『ソラナが泣き喚くと、ただ鬱陶しいとしか思わなかったが、サトシだとそうは思わない。可愛いとさえ思うぞ?どうしてだろうな?』
そうやって、俺の泣き顔を興味深げに見つめてくるイーサに、俺は本能的に飛びついていた。飛びついてイーサの首に自らの手を回す。
『お』
『――っ』
イーサに抱き着いた途端、俺はやっと今の自分の姿が、子供の体でない事に気付いた。
イーサの顔が、思ったより近くにある。これは、まさか。
(俺、子供じゃない?)
『ああ。もう子供になる必要はないかと思ってな』
此処に来る時、いつも俺は八歳の子供の姿をしていた。なので、なんだか勝手に今も子供の姿をしているのだとばかり思っていたが、どうやら違ったらしい。
声が出ないせいで、全く気付けなかった。
『っ!』
それが分かった瞬間、大泣きしてしまった自分が急に恥ずかしく思えて、目の前のイーサから目を逸らした。すると、どうだ。
『サトシ、目を逸らすな。イーサを……俺を見ろ』
突然、イーサが俺の逸らした目線を引き戻すように、凛とした声で俺の意識を自らへと引き戻してきた。何をされたワケでもない。
『俺を見ろ』と言われただけだ。
それなのに、気付けば目の前に美しいイーサの顔があった。そして、その口から放たれるのは、聞き馴染んだ幼馴染の声。
金弥が俺の事を呼んでいる。無視なんて、出来ない。
『なぁ、サトシ』
——なぁ、サトシ
イーサの声と、金弥の声が重なって聞こえる。俺は、此方を真っ直ぐ見つめてくるイーサの金色の瞳に目を奪われながら、その瞳に、金弥の色を見た気がした。
『サトシにとって、イーサは特別か?』
——サトシにとって、キン君は大切?
(ああ!大切だし……特別だよ!)
『でも、サトシはイーサ以外にも優しくするだろう?エーイチにネックレスも渡してしまうし。サトシはイーサよりエーイチの方が好きなんじゃないのか?』
——–でも、サトシはすぐ誰にでも優しくするだろ?養成所でもいつもそうだった。困ってるヤツの所には、俺を差し置いてすぐに一人で行こうとする。
(それは……優しくすると、優しくして貰えるって……思ってるから。俺が、卑怯なだけで……)
『じゃあ、サトシは、イーサが王子で偉いから、優しくしたという事か?』
——-じゃあ、サトシは、キン君が皆の人気者だったから、傍に居てくれたって事か?
(違う!それは違う!それだけは……絶対にちがうっ!)
二人の声が、俺の嫌な部分も全て見透かすような事を言う。
俺を、追い詰めて、丸裸にしてくる。自分のセルフナレーションと違って、逃げられない。だって、この“声”だぞ。
逃げられっこない。嘘なんて付けない。
(ちがうんだ……)
確かに、全部が全部純粋な気持ちではなかったかもしれない。
最初は、一人で寂しくて、つまらなかったから声を掛けただけだった。
話を聞いてくれるヤツが欲しくて。
確かに最初は誰だって良かった。
でも、毎日毎日、ずっとずっと一緒に居たら、“そう”じゃなくなった。誰でも良かったのに、“誰でも”じゃダメになった。
(じゃなきゃ、こんなに離れてて辛いワケない!どうでも良いヤツとなんて、そもそも約束もしない!俺は器用じゃないから、口先だけの約束なんて出来ない!)
目の前の綺麗な顔に対し、俺は一体どんな酷い顔をしているのだろう。イーサの金色の瞳に、俺らしき人物が映ってはいるが……助かった。
泣き過ぎて、そんなモノ見えそうもなかった。
『そうか。なら、サトシ。その言葉を信じてやる代わりに条件がある』
(条件……?)
そう、俺はイーサに涙を掌でゴシゴシと拭い取られながら首を傾げた。すると、次の瞬間。イーサの口からとんでもない言葉が飛び出して来た。