122:閉ざされた扉

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『……』

 

 

 目が覚めた。

 見渡すと、そこはいつもの王宮の中庭だった。此処に来るのは久しぶりだ。見上げてみれば、そこにはキラキラと煌めく美しい星空が広がっている。

 どうやら今は夜らしい。

 

『……?』

 

 俺はいつものように、ピョンとその場から立ち上がると、妙な違和感に気付いた。立ち上がった瞬間、俺は確かに『イーサのとこに行こ!』と口にした筈だったのに。

 

『――』

 

 声が出ない。

 おかしいと思い喉に手を触れてみる。別に痛いわけでも、苦しいワケでもない。もう一度声を出してみようと試みたが、俺の口から放たれたのは、音のない呼吸音だけだった。

 

『―――!』

 

 今度は叫んでみる。

 『あーー!』と、意味もなく叫んだつもりだったのに、やっぱり俺は何の音も拾う事はなかった。

 ここまで来ると不安になってきた。喉を人差指でトントンと叩いてみる。そんな壊れた機械じゃないんだからと、自分でも思ったが止められなかった。だって、他に何をどうすればいいのか分からなかったのだ。

 

 そんな事をしていると、ふと、俺の手に何かが触れる感覚が走る。

 

『……!』

 

 それはイーサがくれたネックレスだった。

 

 いつの間に、これが。

 そう、俺は自身の首にある筈のないそのネックレスの姿に、目を瞬かせた。これは、俺がエーイチに渡した筈だ。

 

『……?』

まさか、イーサ?

 

 その瞬間、俺はハタとイーサの存在を思い出すと、ともかくその場から駆け出した。そうだ。きっとイーサなら何か知っているかもしれない。

 

 助けてくれるかもしれない。

 

 タッタッタッタ。

 

 と、俺の足音だけが長い廊下の中を響き渡る。そういえば、以前イーサは部屋に居なかった。今日は居てくれるといいのだが。

 

『……っっ――っ』

 

 肩で息をしながら顔を上げると、そこには見慣れたイーサの部屋の扉があった。そして、この時になって俺は、どうしたものかと首を傾げた。

 

 いつもであれば、ここで『イーサぁ!開けてー!』と声を掛ければ良かったのだが、今はそれが出来ない。ただ、相手に許可も取らずに急に戸を開けるワケにもいかないので、ひとまず部屋の戸を叩いてみる事にした。

 

 コンコン。

 

 二度のノック。

 すると、扉の向こうからいつもとは違う、しかし聞き慣れたイーサの声がした。

 

『誰だ』

 

 短く問われたその声は、心臓が止まるかと思うほど冷たかった。

 いつものイーサだったら『サトシ!よく来たな!』と扉を開けて両手を広げて待ってくれているのに。

 

『誰だ』という問いかけに、俺はすぐさま『サトシだよ!』と声を上げようとした。

 

『――!』

 

 しかし、もちろん声は出なかった。此処に来て声が出ないという事実が、絶望的な状況を、更に絶望へと追いやる。

 声を出さないと!そうしないとイーサに“サトシ”だって分かって貰えない。

 

『――――!!』

『名乗りも出来ないヤツは失せろ。ここをどこだと思っている。王の寝所だぞ』

『――!』

 

 イーサの低くて怖い声が、容赦なく俺を拒絶してくる。ゾワリと背筋に冷たい感覚が走った。イーサのこんな声、初めてだ。

 

 ドンドンドンドン!

 

 たまらず、俺は再び扉を叩いた。いや、もう叩くというより、ソレは体当たりをしていると言っても良かった。ついでに、ドアノブに手をかけて、扉を開けようと試みる。

喋れなくても、姿さえ見せれば、俺だと分かって貰える筈だと思ったからだ。

 

 姿を見せれば何の問題もない。そう、思っていたのに。

 

『っ!!』

 

 いくらドアノブを捻っても、扉は一切開かなかった。

どうやら内側から鍵がかけられているらしく、ノブを動かす度、ガチャガチャと金属の擦れる音が響くだけだ。

 

『……っ』

 

 扉に鍵が掛かっている。

 その事実に、俺は何故だか物凄くショックを受けてしまっていた。

 

 なんで?イーサ。

 いつもは鍵なんて掛けてなかったじゃん。イーサが居ない時だってそうだ。この扉は何の苦もなく開いたのに。

 

 どうして?

 どうしてイーサは扉を開けてくれない?なんで鍵をかけてる?

 

 ドンドンドンドン!

 

『うるさい!俺はお前など知らない!』

『――!』

『俺がこの世で一番大嫌いなのは、嘘つきだ!嘘つきとは会いたくない!さっさと俺の前から消えろ!』

 

 その言葉に、俺はハッキリと理解した。

 イーサは此処に居るのが“俺”だって分かっているんだ。ここに居るのが“サトシ”だって。

 分かっていて尚、扉を開けてくれない。そうか。イーサは怒っているんだ。この俺に。サトシに。

 

『~~~~っ』

 

 俺は首元に掛かったネックレスを両手で握りしめながら、イーサの扉の前にパタリと座り込んだ。

どこからか入ってきた夜風が、廊下の明かりを揺らす。俺の影も揺れる。俺の視界も揺れる。

 

 全部、揺れる。

 

『俺はお前なんか知らない。元々知らなかった事にしてやる。最初から出会わなかった。俺は、それでいい』

『……』

 

 それは、なんとも冷たい言葉だった。声もそうだが、一番冷たいのは“言葉”の方だ。もう、イーサの中で“サトシ”は無かった事にされた。

 

 お話会でドア越しに物語を聞かせてやった日々も。ノックだけで、少しずつイーサの気持ちが分かるようになった毎日も。抱き締められて一緒に眠った夜も。

 

 ぜーんぶ、イーサの中では無かった事、だ。

 

(ごめぇん、いーさぁ)

 

 俺は、扉の前で床に敷かれた絨毯を濡らしながら大いに泣いた。きっと、傍から見たら、それはもう情けない姿だっただろう。普段の俺なら、きっとこんな風には泣かない。いや、泣けない。

 

 でも、此処では“そう”ではなかった。

 ここでは、何かにつけてイーサが俺を子供扱いしてくれた。抱きしめて、頬ずりをして、何でも好きなようにさせてくれた。

 

 我儘をきいてくれた。だから、止められない。

 

『――っ、っ、っ』

 

 ただ、俺の喉が空気を震わせる事はない。詰まったような呼吸音が響くだけ。だから、扉の向こうのイーサには、きっと気付かれていない。

 

 でも、それでいいと思った。

 

 せっかくネックレスをくれたのに、外すなって言っていたのに。死ぬなって言われたのに。その全部を、俺は裏切った。

 

 いくら悲しくとも。悪いのはどこを切り取っても全部俺だ。

 泣いたって、それは変わらない。

 

 

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