126:教育不足

 

「……!」

 

 マティックの口から紡がれる言葉の一つ一つに、俺は体の芯から熱くなるのを感じた。

 

 なんだって?俺のお陰?そんな、俺、何もしてないし。

 だって、最初は役立たずだって皆に言われて、バカにされて、俺は何も一人じゃ考えられなかったし、それに、それに、それに!

 

「ご苦労様です。貴方はよくやりました。きちんと成果を上げたじゃないですか」

「っ!」

 

 岩田さんの声で、そんな優しく言われたら、俺。殺されるみたいじゃん。ゴックスの兄貴みたいに、ビットを裏切って。不吉だ。

 なんて思いながらも、俺は表情が緩むのを止められなかった。褒められた。この世界で、こんな風に正当な理由で褒めて貰える日が来るなんて。

 

「サトシ・ナカモト。貴方、物凄く顔に出るタイプの人間なのですね」

「っあ、いや。その」

「まぁ、そういった所も含めると……愛嬌がない事も無いのですが、公衆の面前で理性を手放して発情してしまう程ではない」

「……は?」

 

 突然、マティックの口から、それまでとは違う類の言葉が飛び出してきた。

 なんだって?発情?コイツは、急に一体何を言い出すんだ。

 

「な、なんですか?どういう事?」

「貴方も先程おっしゃっていたじゃないですか。あれには困りましたよ……あの引きこもり王子が、突然貴方に発情されたんです」

「はぁっ!?」

「貴方、“あちらの世界”で、一体あの方に何をされたんですか?」

 

 それまで持っていた報告書を、マティックは再び脇袖に仕舞うと、膝に肘をつき俺の方をジッと見てきた。

その顔には、俺を揶揄って遊んでいるような色は見られない。本気だ。

 

「え、なにって……。いや、それより、あちらの世界って?」

「貴方も今ならハッキリ思い出せるんじゃないですか?イーサ王子が貴方に渡したネックレス。あれを使って“ユメデンワ”なるもので、毎日逢瀬を重ねてこられたのだと、私は聞いていますが」

「逢瀬!?いやいや!違う!会って喋ってただけ!」

「会いたいと乞い願う相手と、夢の中でも会って会話を重ねる。立派な逢瀬じゃないですか。しかも、この寝所で」

 

 う、うわーー!

 やっぱ夢じゃなかったんだ!いや、夢だけど!てか、何だよ!このどっかのアニメ映画で聞いたような台詞は!

 

「これは、私の見落とし……ミスです。でも言い訳をさせてください。私も色々と事が急過ぎて焦っていたんです。その中で、誰があの王子の欠落になど気付けましょうか!」

「え、なに。イーサが……何ですか?」

 

 正直、聞くのが怖い。

 ただ、この俺の断片的な記憶を補完して完全なモノにしなければ、それはそれで非常に恐ろしいモノがある。

 

「イーサ王子は、ちょうど“そういった”年頃の間に百年も引きこもられていらっしゃいました。だから……受けてないのですよ」

「な、なにをですか?」

「性教育を」

「!!」

 

 どこかで「やっぱり!」と予感の的中する衝撃が体に走った。

 そうだろうとも!イーサのキスも、発情も、全部が衝動的過ぎた。なにせ、俺はイーサのキスで、夢と現実の二度も窒息死しかけたのだから!

 

「イーサ王子は、まぁ、色々と問題も多い方ですが、総じてとても聡明な方です。だから、性教育も……何も受けていない事をすっかりと、忘れていました。まさか皆の前で、貴方を押し倒し、ひたすらに口付けをしながら、発情した獣のように腰を振るとは思わないじゃないですか!この私にだって欠片も予想出来ませんでしたよ!」

 

 岩田さんの声でなんという事を言わせるんだ!このゲームは!いや、この世界は!

 俺はマティックから語られる、“あの日”の記憶の続きを聞きながら、ベッドの上でハッキリと頭を抱えた。

 

「いや、安心してください。さすがに次期王であるイーサ王子の、あのような醜態など外部に漏らすワケにはいきません。なので、貴方の仲間には、全員に戒厳令を敷いておきましたよ」

「俺が心配してるところはそこじゃない!」

 

 むしろ、俺の隊の皆には見られてたって事じゃないか!そんなの、次にどんな顔をしてエーイチやテザー先輩に会えと言うんだ!

 

「あ、大丈夫ですよ?イーサ王子は下手くそなキスで貴方を窒息させながら、自身の局部を貴方にこすりつけていただけで、特に既成事実はないのでご安心ください。さすがにそうなる前に、きちんと皆で止めましたので」

「いや、それ!全然安心できないんだけど!?」

 

 待て待て待て!

 じゃあ、俺のこの記憶の片隅にある断片的な記憶は、繋ぎ合わせるとこうか。

 

 “ユメデンワ”でイーサにキスをせがまれ。俺は言われるがまま、キスに答えた。夢の中での出来事は、そのまま現実のイーサと直結していて、性教育を受けていない知識ゼロの発情したイーサが、皆の前で俺にキスをして、腰を振っていた、と。

 

「地獄かよ……」

「それはこっちの台詞ですよ。私が必死にあの発情期の犬を止めて、そのまま丸一日かけて、座卓で性教育を叩きこんだのですから……」

「……うわ」

 

 確かに俺も地獄だが、マティックも大概だ。知識のない発情したイーサを必死に止め、急いで戒厳令を敷き、帰ったら自ら性教育の教鞭をとる。

 

「お、お疲れ様です」

「ええ、疲れましたよ……」

「まさか、イーサには貴方が……その、直接手ほどきされたんですか?」

「誰が!?気色の悪い事を言わないでください!吐きますよ!?」

 

 岩田さんのこんな声は中々珍しい。そしてこの声には、裏も表も感じられない。本当に嫌だったのが心底伝わってくる。

 俺に続き、マティックまでもが頭を抱え始める。まさか、俺が岩田さんの声と、こんなにも同調し合う事があるなど思わなかった。

 

「あの、今……イーサは?」

「座卓での授業が終わったので、実地に移らせました」

「実地?」

「女を呼んで、相手をしてもらっています。王が童貞では示しがつかない」

「……おう」

 

 位が高いと、相手まで差し出されるのか。

 羨ましいような。居たたまれないような。

 

「っていうか。まぁ、良かったです。皆無事で。あと……イーサも無事に、その……性教育が受けられて」

「……はぁ、私は心配です。あの方はどうも趣味嗜好が大幅にズレていらっしゃる。まともに女の相手が出来ているかどうか」

「なぁ。あんまり言いたくないけど、ソレ完全に俺に失礼だからな」

 

 そう、俺がマティックの言葉に、大いに眉を顰めた時だった。それまで、俺とマティックしか居なかった部屋に、勢いよく飛び込んでくる人物が現れた。

 

 あぁ、ここはイーサの部屋だ。だとすると、もちろん王子の部屋に、こんなに無遠慮に飛び込んで来れる相手、それは――。

 

「マティック!もうたくさんだ!あんな女、二度と俺の元へ寄越すな!」

 

 イーサ。

 そうやって部屋に飛び込んできたイーサは癇癪と怒りをその表情にたたえながら、ただただ、とんでもない事を必死に叫び続けた。

 

「俺は……イーサは女は嫌いだ!うるさくて!それに臭い!イーサはサトシが良い!サトシじゃなければ絶対にイヤだ!」

 

 金弥の声でハッキリと口にされる、恥も、外聞も、理性も、教養も、その他諸々が一切皆無なその台詞に俺は――、

 

 

「イーサはサトシとしか、子作りはしない!絶対に、しーなーいーーー!」

 

 

 ひとまず、そっと横になり、寝たふりをする事にした。

 

 つーか、おい!

 マティックは一日かけて性教育で何を教えたんだ!?マジで、ガバガバじゃねぇか!

 

 

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