133:飲み会の約束

 

 

「あ、ありがとうございます!」

「おう。だから気にせず来い」

「ふふ。良かったね。サトシ」

「うん、良かった」

 

 

 打ち上げ。飲み会。まさか、この世界でそんな集まりに呼んで貰えるなんて、ここに来たばかりの頃は思いもよらなかった。

 

「飲み会かぁ」

 

 向こうの世界でも、こっちの世界でも、俺はいつも迎え入れる側ばかりだった。つまり、店員だ。オーダーを取って、走り回って、料理を運び、そして何かあればすぐに謝る。

金も無い極貧バイト生活の俺からすれば、店で酒を呑むなんて考えられない事なのだ。

 

 あ、でも。待てよ。俺ってコッチでも普通に、

 

「俺、金ないです」

「おいおい。部下と飲みに行って俺が金を出させるワケねぇだろ?」

「え?いや、でも」

「あぁもう!気にすんな!サトシ、お前は飲みに行くのに、イチイチ色々考えて面倒くせぇヤツだな!呼ばれたんだから、お前は何も考えずに来たらいいんだよ!」

「隊長……!」

 

 そうやって、俺が隊長の言葉に感動しきった時だった。次の瞬間、隊長はその顔にニヤリと企むような笑みを浮かべると、俺の肩をガシリと掴んできた。

 

「だーかーらさぁ、今晩。聞かせろよ?」

「え?」

 

 何を。そう、思考のワンテンポ遅れる俺に、隊長の俺を掴む肩にグッと力が入る。周囲に居た皆からの視線も一気に熱を帯びたのが分かった。

 

「俺達、マティック様に戒厳令を敷かれてるからな。他じゃ喋れねぇけど……貸し切りなら思う存分聞けるからなぁ?」

「は?」

「みんな!夜まで我慢しろよ!聞きたい事があったら、そこでぜーんぶ話してもらおうぜ!」

 

 うぉぉぉぉっ!いえぇぇぇえいっ!

 

 此処はスタジアムか何かなのか。

 そう本気で勘違いしそうになる程の凄まじい歓声が響き渡る。目の前では体はデカイ癖に、子供の用に飛び跳ねて喜ぶエルフ達の姿。

あー、完全に男子校だわ。まごうことなく男子校。外に出て来たのに、コイツらの“娯楽”は、まだ俺ってか。

 

「サトシぃ。結局お前は誰が一番かも聞かねぇとなぁ?」

「エーイチか?テザーか?それとも……はーーっ!エルフも手玉に取られたもんだぜ!」

「きっと今晩の酒は、人生で一番ウメェ酒になるわ!」

 

「…………」

 

 そんな、しょっぱい話題の飲み会で、一番の美味い酒の座を埋めるなよ。クソ長い人生の癖に!

 と、まぁ。俺はもう色々と突っ込みたかったが、止めた。これは、ナンス鉱山でエーイチとデキてると噂が立った時と同じだからだ。

 

 今はもう、何を否定しても同じだ。時間と体力の無駄。こういう時に必要なのは、ただ一つ。

 

「時間だけだ。そう、仲本聡志は震える拳を握りしめながら、心を虚無へと連れていった」

 

 放っておこう。

 ともかく、今晩の飲み会は、俺もしこたま酒を呑んで、テンションをブチ上げて一緒にふざけてしまえばいい。今晩は、めちゃくちゃ飲んでやる。

 

 まぁ、俺。言う程酒飲めないけど。

 

「そういや、サトシ。お前、飲み会の前にテザーに礼を言っとけよ」

「へ?テザー先輩?」

「あぁ、そうだ」

 

 これまた、懐かしいとすら感じる名前に、俺はとっさに周囲を見渡した。そういえば、テザー先輩はどこだろう。

 

「あぁ。今日アイツは大事を取って休ませてある」

「え、テザー先輩。どこか悪いんですか?」

「いや、別に大した事はない。ただ少し鉱毒の影響で体調不良の気があったからな。念のため休ませただけだ」

「……鉱毒の、影響」

 

 そう、口にしたと同時に、俺は自身の記憶に、未だ塞ぎ切れていない穴があるのを思い出した。

 そうだ。俺の記憶は一人で坑道の奥に潜って気を失った所で途切れている。あの後、俺は一体どうなったのだろう。

 

「しっかり礼を言っとけよ。アイツが居なかったら、多分お前、死んでたんだからな」

「え、あの。ナンス鉱山で……何があったんですか。俺、ちょっと色々覚えてなくて」

「まぁ、覚えてねぇだろうよ。お前、ずっと血ぃ吐いて意識失ってたんだからな」

 

 そうだ。それは、イーサやマティックから聞いている。俺は一人潜った坑道の奥で、鉱毒マナのスポットに遭遇し瀕死の状態だったのだ、と。

 

「……もしかして、テザー先輩が。俺を回復してくれてたんですか?」

「回復だけじゃねぇよ、アイツがお前を迎えに行ったんだ。俺らは、一晩は待とうぜっつったのに、アイツが勝手に夜中に抜け出してな」

「……」

「そんで、騒ぎ散らしながら帰って来たと思ったら、アイツの背中には血ぃ吐くお前が抱えられてたってワケだ」

「……そう、だったんだ」

「あぁ。その直後だよ。他の部隊が“大いなるマナの実り”を採掘したって連絡を受けたのはな」

 

 つらつらと語られる隊長の言葉に、俺は自分の中にある最後の記憶のピースをパチリと埋められた気がした。

 そうか。俺は「大丈夫、大丈夫」と口先だけの「大丈夫」を口にして、結局、テザー先輩に迷惑をかけたのだ。

一体どこが大丈夫なのか。俺は自分で自分が嫌になった。

 

「俺を助けに来たせいで、テザー先輩は具合が悪くなったんですね」

「別にお前のせいってワケじゃねぇさ。そもそも、お前が一人で先に潜る謂れもなかったワケだし。そうじゃなきゃ、ここに居る全員が、今頃救護室行きだったろうよ」

 

 だから、気にするな。

 そう言って叩かれた肩に、俺は「それならいいか」なんて思えるワケがなかった。そうやって、やっと最後に埋まった記憶のピースを、しっかりと頭の中に叩きこむ。

 

 

——–今ならまだ間に合う。お前が付けろ。いいんだよ、それでさ。お前は、生き残るという選択肢に“選ばれた”んだから。

 

 

 あの、死と隣合わせの空間で、テザー先輩はハッキリと、俺にそう言ってくれた。きっと、礼を言いに行ったとしても、自分の立身出世の為だと言うのだろう。

 

 俺は一通り皆への挨拶を済ませると、そのままテザー先輩の部屋へと向かった。

 

「別に、立身出世の為でいい」

 

 俺は、テザー先輩にこれからも優しくしてもらう為に、お礼を言いに行くのだから。