132:久々の再会

 

 

「あれ……もしかしてサトシ?」

 

 

 懐かしい声が聞こえてきた。

 久々に聞いた気のするその声は、最後に聞いていた声とは違い、特有の張りと円みを帯びていた。

 

声だけで分かる。元気になったのだ、と。

 

「……おう、エーイチ。元気になったみたいだな」

 

 俺はその場から立ち上がると、久々に見る元気なエーイチの姿に、ホッと胸を撫で下ろした。無事なのは聞かされていたが、こうして実物を目の前にすると、やっぱり安心感が違う。

 

「それはコッチの台詞だよ!良かった!最後に見た時、本当に死んじゃいそうだったから!」

「ごめん。心配かけたみたいで」

「ほんとだよっ!」

 

 そう言って眼鏡の奥の大きな瞳を、これでもかと揺らしてみせるエーイチに、俺はやっと「無事に帰って来れたんだ」と、心の底から思えた。

 本当に、皆が無事で良かった。あの、ナンス鉱山から。たった、三十日間。でも、俺にとってはとてつもなく長い三十日間だった。

 

「ねぇ、サトシ?体は平気?」

「あ。あぁ。ずっと寝てたからな。もう平気だよ」

「あ、いや。そうじゃなくてね」

 

 そう言ってエーイチは自身の両手を重ね合わせると、絵に描いたようなモジモジとした仕草で俺から目を逸らした。その顔は、ほんのりとどこか赤い。

 

「どうした?」

「あ。いや、お金持ちになる方法ってさ……色々あると思うんだ。僕みたいに、頭を使って商売を成功させるっていうのも一つの手だし」

「ん、あぁ。そうだな」

 

 一体何の話だろう。

 俺は血色の良くなったエーイチの顔を見て首を傾げた。しかし、そこから続いたエーイチの言葉に、俺は一瞬にして、自分の置かれていた状況を思い出して息を詰まらせてしまった。

 

「あとは、その。サトシみたいに、その。か、体を使って……その玉の輿っていうのもアリだと思うよ」

「ぶはっ!」

「腰とか大丈夫?あんまり無理をしたらダメだよ?だって、元気だからこそ“お金”も意味があるわけだし」

「いや、エーイチ。あれは、違くて」

「あぁっ!いいのいいの!いいんだよ!王子様を相手に出来るなんて凄いよ!」

「聞いてくれっ!誤解なんだ!」

「あっ!あの王子様の事、僕も知ってるよ!百年間も、誰が何を言っても反応しなかったらしいのに……やっぱりサトシには、俺や皆には分からない魅力があるんだよ!」

 

 今、「俺や皆には分からない魅力」って言ったぞ、コイツ!

 マティックと言いエーイチと言い、気持ちは分からなくもないが、隠しているようで本音駄々洩れで俺の事を貶すのは止めて欲しい。

 

「自分の容姿について、仲本聡志は理解しているつもりだ。しかし、分かっていても傷つくものは傷つくのである」

 

 セルフナレーションで事実から距離を取ってみる。けれど、何をどうしても、このヒリヒリする気持ちは納まる事はなかった。

 

 ええ!ええ!

 分かってるよ!俺は!完全に!どこからどう見ても、普通かそれ以下の顔だよ!モテた事なんか一度もねぇし!俺はいっつも、金弥と女の子を繋ぐパイプ役だったよ!分かってんだよ!ほっとけよ!

 

「そうだ!皆にもサトシが来てるって知らせなきゃ!ちょうどね、今晩。皆で酒場を貸し切って打ち上げをしようって話してたトコロだったんだ!」

「……そうなんだ」

「そう!みーんな心配してたんだよ、サトシの……腰を」

 

 なんで腰をピンポイントで心配されてんだよ、俺は!せめて体全体を心配してくれよ!?つーか!

 

「ヤッってない!ヤってないから!俺!」

「おーい!みんなー!サトシが来てるよー!」

「お願いだから話を聞いて!?」

 

 俺の静止も虚しく、エーイチの高くてよく通るその声は、訓練中の皆へとあっと言う間に届いた。

 

「おい!あそこに居るのサトシじゃねーか!」

「おいっ!皆、サトシが来てるぞ!」

「おー!サトシ!」

 

 皆、俺の姿を認識すると、訓練中にも関わらず此方へと駆け寄ってくる。隊長も一緒にコッチに来ているのを見ると、今は訓練中とは言っても緩い感じらしい。

 そして、いつの間にか俺の周りはガタイの良いエルフ達に一気に囲まれていた。みんな笑顔だ。

 

「あ、えっと。お久しぶりです」

 

 若干の気まずさもあり、俺がおずおずとそんな事を言うと、隊長や皆が笑って言った。

 

「おいおい。なんだよ。まだ二日も経ってねーぞ」

「でも、確かに長い事会ってなかったように感じるよなぁ」

「まぁ、色々あったしな」

「つーか、サトシ。結局お話の続き聞かせて貰えてねーぞ」

「そうだそうだ!今日、飲み会やっから、その時続きを聞かせろよ?いいだろ?」

 

 正直、さっきのエーイチみたいに鼻からイーサとの件をからかわれると思っていたのだが、俺を前にした皆は一切あの事には触れてこなかった。

 皆、男子校みたいなノリのある奴らだから、いの一番に揶揄われると思っていたのに。

 

 しかも、エーイチが言っていた通り、普通に飲み会にまで誘われてしまった。

 

「あ、えっと。隊長」

「どうした」

「その、飲み会って、俺も行っていいんですか?」

 

 そう、俺がソロリと足元へと目を逸らしながら尋ねると、隊長は「はぁ?」と呆れたような声で答えた。

 

「何言ってんだ。当たり前だろうが」

「でも、俺とエーイチは人間です」

 

 そう。俺とエーイチは人間だ。

 俺はナンス鉱山へ行く直前に、数回街に下りただけだが、それだけでもハッキリと感じた。エルフは、人間にモノを売るのをあからさまに嫌がる。飲み屋や食事処だってそうだ。店の前で入店を断られたのだって、一度や二度の話ではない。

 

「あぁ、ンな事心配してやがったのか。大丈夫だ。知り合いの店だし、店もまるごと貸し切った。それに、店の方にも人間が来ても問題ないと確認してある。だからお前も、エーイチも何も気にしなくていい」

「……!」

 

 そう言って、俺とエーイチの頭を撫でてくる二人の隊長に、俺は顔が赤くなるのを止められなかった。別に照れているんじゃない。嬉しいんだ。