131:口付けが一番、

 

—–

———

————-

 

 

「結局。あの後イーサとキスする羽目になっちまったし」

 

 そう。結局あの後、声が出せないのは困るという事で、俺はイーサにキスをした。しかも、イーサのマナを俺の体内に摂取しなければならない為、その……深いヤツを、だ。

 

そして、今こうして再び声が出せているワケだが。

 

「あー……何やってんだろ。俺」

 

 自分からキスをしたのだって、あのイーサの夢の中が初めてだったのに……ディープキスなんて、童貞には難易度が高すぎる。

 

 しかも相手は、あのイーサだ。

 何故だ。俺はどうして乙女ゲームの攻略キャラとキスをする羽目になっているんだ。どうしてこうなってしまったのか。

 最早考え始めると心が虚無になる。なので、キスの是非については、もう考えるのは止めた。

 

「……でも、キスが一番難易度が低かったもんな」

 

 そう、ただ最初は俺も抵抗したさ。

 マティックに「マナを摂取するには他に方法はないのか?」と、筆談で尋ねて、何とか他の方法を模索しようとはしたのだ。

 

 しかし、返ってきた言葉は最高に知りたくない現実だった。

 

『唾液以外にマナの摂取方法はないのか?別に何だっていいんですよ。王族はその体内に大量のマナを含有していらっしゃるのですから』

 

 そう、ここまでは良かった。じゃあ別にキスじゃなくてもいいんじゃないか!と、俺が喜んだのも束の間。続いた言葉に絶句する羽目になった。

 

『髪の毛や、爪、皮膚。何でも構いません。ただ、どれも摂取するのに、両者負担を伴うものばかりですね』

『!?』

『なので、定期的な摂取が必要な以上、肉体的損傷の伴うものは避けて欲しいですね。なにせ、この方は一応尊い身でいらっしゃいますので』

『うむ。イーサは尊いから、痛いのはダメだ!』

 

 俺だってそんなのは嫌だ!そう、俺がペンに文字を走らせようとした時だ。その後の言葉は、完全に聞かなかった事にしたいレベルのモノだった。

 

『摂取のしやすさ、という観点でいくならば液体系ですね……血液、排泄物、涙。あとは……精液。こんな所ですかね』

『――――っ』

 

 こんな所ですかね。じゃねぇっ!

 何でもいいのは分かったが、どれもこれも論外過ぎた。唯一イケると思ったのは“涙”だったが、イーサに『今は悲しくないから泣けない』と一蹴されてしまった。

 

 ただ、イーサはこれ幸いと『精液でもいいぞ!』などと笑顔で服を脱ごうとするモノだから、その瞬間、俺は腹をくくった。

 

『んーーーー!』

 

 気付いたら、俺はイーサの口を塞いでいた。もう、色気もクソも無かった。これは唾液を貰う為の行為。そう、それだけだと割り切ってイーサの口に、自らの口を重ね合わせる。舌を動かして、イーサの口の中から唾液をさらう。

 

 結果、ディープキスになる。全部、見様見真似だ。

 誰の見様見真似か。そんなのもちろん金弥だ。俺のキスの経験は、金弥しかないのだから。

 

『んっ、んっ、んっ』

 

 イーサを押し倒し、俺は必死にイーサから唾液を貰った。こんな色気のないキス。きっと世界のどこを探してもお目にかかれないに違いない。しかし、それなのに、だ!

 

『ちょっ!はっ!?い、いっ!イーサ!?』

『っはぁ、さとし、さとし。さとしぃ』

『おいおいおいおい!待て!待たんかい!』

『っひぅ!くるしい、くるしぃ』

『ひぃぃぃっ!こすりつけてくんじゃねぇっ!』

 

 結局、その途中でイーサは再び発情し、マティックに助けを求める事になったのは言うまでもない。

 

 

「だから……!なんで女じゃなくて俺に勃つんだよっ!」

 

 尋ねてみたが、イーサは『サトシが良いからだ!』と言うだけで、何も建設的な答えは返ってこなかった。そんなワケで、俺もイーサと一つ約束をする事にした。

 

『イーサ、お前。俺がキスしてる時は……ぜったいにお前は動くな!』

『えぇっ!イーサは王様なのにか!』

『王様なんだからジッとしてろ!ドンと構えとけ!絶対に動くなよ!動いたら絶交だからな!?』

『ぜっこう?ぜっこうとは何だ?』

『仲違いをして、付き合いを止める事だ!』

『っ!い、いやだ!イーサはサトシと“ぜっこう”したくない!ジッとする!動かない!だからサトシ!ぜっこうは嫌だ!』

 

——-いやだ!オレ、サトシとゼッコーなんかしない!ごめんって!サトシ!ゼッコーだけは嫌だ!

 

 金弥の声で、まるで金弥みたいな事を言うイーサに、俺は何だか妙な気持ちになってしまう。そう、イーサの声が金弥の声だと認めてしまってから、これまで以上に昔の記憶が蘇るようになった。

 

——–サトシがいい。キン君。サトシがいい。

 

 そんな所も、金弥と同じ。イーサと同じ。金弥はイーサ。イーサは金弥。そうなのか。どうなのか。

 あぁ、俺のこの夢は……この世界は、一体いつまで、

 

 

「……続くんだろ」

 

 

 そう、俺が真っ青な空を見上げながら呟いた時だ。