142:俺以外とも仲良く

 

 

「俺以外とも、少しは喋ってみろ。気の合う奴も絶対居るよ。な?せっかく来たんだ。皆で楽しくしよう」

「……いやだぁ」

 

 ここまできて尚、イーサは拒否する。どうしてイーサがここまで他人との接触を拒絶するのか、俺にはまったく理解できなかった。

 

「ひとついいか」

「テザー先輩?」

 

 すると、ずっと黙って此方を見ていたテザー先輩が何やら言いにくそうな表情で俺に話しかけてきた。

 

「あの、この方は……多分。自分が他の者と仲良くなってしまったら、お前が自分から離れて行ってしまうのでは、と。そう思っておられるのではないか?」

「え?」

 

 妙に固く、そして敬うような口調。

 それはきっと、テザー先輩にはここに居るのが“イーサ王子”だと分かっているからだろう。一度会って話したと言っていたし、そして何より、出会い頭でイーサは自分の事をイーサだと言っていた。

 

「……そうなのか?」

 

 俺がテザー先輩の言葉を受けて、イーサに問いかけてみる。すると、イーサは隣に腰かけるテザー先輩を、どこか驚いたような目で見つめていた。

 

「……うん」

「だいたい、サトシが『先に寿命で死ぬ』なんて言うからいけないんだよ。だからキン君は不安になったんじゃないかな。ねぇー?」

 

 今度はエーイチだ。

 敢えて“キン君”に含みを持たせるような言い方をしている事から、やはりエーイチも此処にいるのが“イーサ”だと気付いているのだろう。

 

それを敢えて“キン君”と口にする。それは、エーイチがイーサと“対等”に話す為の称号なのだ。

 

「……うん、その通りだ」

「ふふ、ほらね?サトシ」

 

 イーサは二人の言葉に、最初はゆっくり。しかし、気付けば何度も何度も頷いていた。

 

「うん、うん。そうだ。そうなんだ。お前ら、よくわかったな。俺は、そう、そう思って。サトシがどこかへ行ったり、死んだりする事を考えたら……すごく、とても、そう!腹が立ったんだ!」

「腹が立った、か。それはどうだろう?そう言うのは、腹が立ったと言うよりね、」

 

 イーサが俺ではなくエーイチを見ていた。そりゃあもう、興味深そうな顔で。

 

「怖くなってどうして良いか分からなくなっちゃった、が近いんじゃない?」

「そうそうそうだ!お前は良く分かってるじゃないか!褒めてやる!エーイチ」

「ふふ。ありがとー。キン君」

 

 いつの間にか、イーサとエーイチが仲良く話し始めていた。それと同時に、先程まで力強く握りしめられていた俺の手から、イーサの手がアッサリと離れていく。

 

「……」

 

 変な気分だ。さっきまであれほどまでウザったく感じてた筈なのに、いざ離れてしまうと物足りない。随分と勝手なモノだ。

 

「おい」

「テザー先輩……?」

「絶対に自分より先に逝くと分かっていても、どうしても認めたくない事もある。あまり口にして差し上げるな」

 

 酒の入ったグラスを手でユルユルと動かしながら、静かな声で口にするテザー先輩に、俺は頷くしかなかった。

 そうか、知らず知らずのうちに、俺がイーサを追い詰めていたのか。

 

「俺。全然、気付きませんでした」

「仕方がない。ソレはお前が人間だからだ」

「でも、エーイチは……」

「当事者もまた、気付きにくい事もある」

「……はい」

 

 俺はイーサの事なら一番分かってやれると思っていた。しかし、

 それは今日初めて会話をした筈のエーイチに、アッサリと横に並ばれた。そりゃあそうだ。エーイチは勘も察しも良い。

 

その気になれば、すぐに俺よりもイーサの事を理解してやれる事だろう。

 

「……なんだよ、この気持ち」

 

 イーサが外に出れば、俺以外の“理解者”なんて、あっという間に出来るのなんて分かっていた。だからこそ、俺はイーサに皆と話すように言っていた筈なのに。

 

「なにが、俺以外とも、少しは喋ってみろ、だよ。どこから目線だ」

 

 理解者を気取ってよくもまぁ偉そうな事ばかり言ったものだ。実際そうなってしまったら、俺はきっと嫉妬で苦しむ事は目に見えている癖に。

 

「サトシ!」

「ん?どうした?」

 

 すると、それまでエーイチと楽しそうに喋っていたイーサが、再び俺の手を掴んだ。あったかい。

 

「サトシ、エーイチは面白いヤツだな!お前の言っていた通りだった!」

「そうだろ?だから言ったじゃないか」

「うん!」

「ほら、コッチのテザー先輩も良い人だぞ」

 

 俺がイーサの手を引き、テザー先輩の方へと体を向けさせる。すると、突然話を振られたテザー先輩が緊張したように、その体をピシリと固くするのが分かった。

 

「……そうなのか?」

「あ、いや……、俺は、その」

「そうだよ。テザー先輩も、昔人間の友達が居たんだ。だから、きっとお前とも話が合うと思うぞ」

「うーん。本当だろうか。コイツは少しイケ好かん」

「そんな事を言う前に喋ってみろ。喋ってみなきゃ分からないだろ?」

「……」

「……」

 

 無言で向きあう二人。

 俺としては、この二人は似た者同士の色を感じるのだが、それが、二人の間で吉と出るか凶と出るかは分からない。

 同族嫌悪と言う言葉もあるくらいだからな。

 

「あの、サトシの声が急に出なくなってしまうのは……ナンス鉱山の鉱毒のせいですか?」

「ああ、そうだ」

 

 テザー先輩が未だに固い口調でイーサに尋ねる。しかも、中身はどうやら俺の声についてのようだ。それを傍で聞いていたエーイチも「え?そうなの?」と驚いた様子で俺の事を見てくる。

そういや、声の事は特に誰にも言ってなかったな。