「ぜ、ゼッコウは嫌だ!」
「なら、俺とだけじゃなくて、皆と仲良くしろ!そして、自分で食べろ!」
「イヤだ!」
イーサも大分と頑なだ。
これは余り厳しく言い過ぎるのも、イーサをより意固地にさせるだけかもしれない。俺は、一呼吸置くと、体を捻って顔だけイーサへと向けた。
「ほら?せっかく来たんだ。紹介するから、お前も皆と友達になってみろよ。楽しいぞ」
「楽しくない!サトシ以外のヤツと喋るなんてイヤだ!」
「そう言うなよ。お前も俺とだけじゃなくて、他の人とも仲良くなればさ。今回のナンス鉱山の時みたいに、俺が居なくても寂しくないだろ?」
「キンは……俺は、サトシだけ居ればいい!」
「っ!」
あぁ、まったく。
キンの顔で何て事を言いやがる。
その余りにも真っ直ぐ過ぎる好意に、俺は思わずイーサから目を逸らした。徐々に顔に熱が集中していく。
「そうは言ってもさ。俺は人間だ。イーサよりも先に寿命で死ぬ。だから、お前はもっとエルフの友達を……」
そう、俺が顔の熱を誤魔化すように口にした時だ。
「イヤだっ!」
突然、イーサが今までにない程の大声を上げた。
「絶対に友達なんか作らない!そんなのいらない!サトシだけでいい!さっきからそう言ってるのに!どうしてサトシは分からない!?どうしてそんな事を言う!?」
「だからそれだと、俺にもしもの事があったら、」
「うるさい!うるさい!聞きたくない!もう黙れ!」
「ちょっ、おい。少し落ち着け。皆が見てるぞ」
少し外で落ち着かせなければ、と俺がイーサの拘束から抜け出そうと立ち上がった時だ。イーサが勢いよく俺の手を掴んできた。
その力強い手の熱さに、俺はハッとする。
「サトシ!どこにも行くな!」
——–サトシ!どこにも行かないで!
「キン……」
だって、七歳の金弥も同じように俺を引き留めてきた。
昼休み。俺が他の友達とも遊ぼうと言って、金弥に背を向けた時。その時の金弥も、今のイーサと同じような強さと熱を込めて、俺の手を握ったんだ。
そんな風に、俺が再び過去の懐かしい記憶に囚われていると、それまでのイーサの幼い口調が一変した。
「サトシ、これは命令だ」
「え?」
それまでの愛嬌を帯びた明るい声は一瞬で消え失せ、今や、その声はゾッとする程低く、押し籠った声になった。そんな感情の籠らない声で放たれる“命令”という言葉に、俺は先程まで感じていた体の熱さが一気に冷めていくのを感じた。
「俺の言う事を聞け。でなければ、もうお前に俺の唾液はやらん」
「は?」
「そうなれば、お前は二度と喋れなくなるんだ。それでいいのか?」
「お前、何を」
「それが嫌なら俺の言う通りにしろ。勝手は許さん」
「……」
「サトシ、此処に居ろ」
イーサの目が、刺すように俺の事を見つめてくる。何者をも従えさせる、それはまさに“王様”の目だった。しかし、どうだ。今俺の目の前に居るのは、王様か。いや、違う。今、俺の目の前に居るのは、
金弥だ。
「キン……お前」
その、イーサの最もかつ、的確に急所を突いた反撃に、俺は頭の中にある一つの糸をプチンと切った。
「……俺に、そんな事を言うのか」
「え?」
切れたのではない。切ったのだ。俺が、意図的に。
「お前は、俺を脅すのか?」
「っ」
静かにイーサに問いかける俺に対し、イーサは怯えたように俺から目を逸らした。先程までの“王様”が一気にいつもの姿に戻った瞬間だった。
「なぁ、どうなんだよ?」
「ぁ、いや。ちが……ちがうんだ。そうじゃ、ない」
「違う?俺には今のが“脅し”に聞こえたけどな」
確かに、イーサが俺の声の為に唾液を与えてくれるのは、当たり前の事ではない。言ってしまえば、イーサからの“温情”のお陰だ。するもしないも、選択権はイーサにある。
けれど、それを他でもないイーサから言われたら、俺はどうすればいい?
「いいよ」
「え?」
「なら、もう俺は喋れなくていい。それを言うって事は、キンは、俺とはもう喋らなくていいって事だもんな?」
「ぁ、あ」
子供は、後先考えないで言葉を吐く。よくある事だ。それが相手との関係に、どんな影響を及ぼすかなんて、もちろん考えもしない。
「……どうせ声優は諦めたんだ。こんな声なんてモンがあるから、未だに苦しまなきゃらならない。ならいっその事、出せなくなった方が楽だ」
「っ!」
イーサは、まだまだ子供だ。しかし、ただの子供ではない。いずれ王様になる男だ。この国で最も尊い血を持つ者だ。
だからこそ、そんなイーサがこんな事を続けるようなら、イーサはまた必ず一人になる。しかも、今度は部屋に引きこもっているから、ではない。
部屋から出ても、誰と共に居ても“一人ぼっち”になるって事だ。
「さ、さとし。ちがう、ちがうんだ」
「違わない。お前は俺を、脅して従わせようとした。でも、俺はそれには従えない。だって、」
そして、それは俺だって例外じゃない。
「あんな事を言われて、お前に従ったら……もう俺はお前を今までみたいに見れなくなる。一緒に居ても、きっと楽しくなくなるだろうな」
「……」
腹が立ったというより、悲しかった。お前なんか俺より下なんだ、と。お前の価値なんて、自分が居てこそなんだ、と。
そう、金弥に言われた気がしたからだ。
「だから、俺はお前と“対等”で居る為だったら、声なんかいらねぇよ」
「サトシ……、おれ、おれは」
もう、殆ど泣きそうな顔で此方を見上げてくるイーサの……いや、金弥の顔に、深く溜息を吐いた。イーサの両手で握りしめられた俺の右手は、今にもうっ血してしまいそうだ。
「ホントにズルいな、その顔」
「さ、さとし?」
「なぁ。キ……いや。イーサ?」
俺は、本当にこの顔に弱い。こんな、俺以上に悲しそうな顔をされたら、もう怒れないじゃないか。
あんな事言った癖に。頼むから、俺が居なきゃ駄目みたいな顔で……俺を喜ばせないで欲しい。