『今晩、サトシはイーサの所で一緒に寝るんだ』
そこに居たのは、紛れもなく金弥だった。いや、分かっている。此処に金弥が居る筈ないって事は。
これはイーサだ。本人もそう言っている。ただ、声だけではなく、その姿さえも、こうして金弥と似た姿になられてしまっては、もう完全に金弥ではないか。
『キン?』
『まったく、またキンか?』
『だって、』
『ふむ……しかし、まぁいい。せっかく姿を変えているんだ。この姿の時は“キン”で許してやろう。なにせ、イーサは寛大だからな!』
そうやって、夜なのに太陽みたいな笑顔を浮かべるイーサに、俺は懐かし過ぎて泣きそうになってしまった。
〇
と、思ったのも束の間。
「サトシ!なぁ!サトシ!サトシサトシ!」
最早、懐かしさなど一瞬で消え失せてしまった。
「ウゼェな。そう仲本聡志はハッキリと思った」
「サトシ、お前は先程から何をブツブツ言っているんだ?」
「現実逃避くらいさせてくれ……」
「ダメだ。サトシはイーサ……ではなかった、キン!だったな。キンにコレを食べさせるんだ。ほら、食べさせろ」
「頼むから……外でそのテンションは止めてくれ。皆からの視線が痛い」
「なぜ周囲の視線を気にする必要がある?キンは周りの目なんて一度も気にした事はないぞ!」
「うん、気にしろ?」
そう、俺は右隣からはエーイチ、そして左隣からはテザー先輩。そして、店中のありとあらゆる場所から向けられる仲間達からの好奇の視線に、無防備に晒されていた。
「たーべーさーせーろー!」
それもその筈、俺は今、見た目が金弥になったイーサの腕の中で、“あも”のように後ろから抱き締められているのだ。
あぁクソ。めちゃくちゃウゼェ。そして、皆からの視線は痛い。スゲェ痛い!
「おい?まぁた新しいのが出てきたぞ」
「だな」
「スゲェな、アレも」
「エルフで黒髪か、珍しいな」
「ありゃ、東部出身に違いねぇ。サトシのヤツも寿命が短い癖に顔の広い奴だぜ」
「身なりも良いし、サトシはアイツに飼われてんじゃねぇか?」
「じゃあ、テザーは?」
「いやいや、エーイチはどうなんだ?」
あぁ、またしても俺に対する妙な噂に拍車がかかっている。
しかし、だからと言ってニヤニヤと面白そうに此方を見てくる皆の事は責められない。なにせ、逆の立場だったら、俺も絶対にコソコソ言いながら見ているからだ。
そして、イーサが居る事で最も厄介なのが――、
「なぁ、サトシ。その方は……」
「サトシに話しかけるな!サトシは俺のだ!」
「ねぇサトシ。もしかしてこの人って……」
「サトシの体に触るな!サトシは俺のだぞ!」
この完全なる俺への独占欲だ。
登場と同時に、テザー先輩やエーイチを、自分から“サトシ”を奪う敵だと認識したらしい。それは、その他の隊の皆もそうで、飲み会が始まってからずっと誰彼構わずこの調子だ。
故に、俺はこの酒場に来て、シバやドージさんと久々に再会したにも関わらず、誰ともまともに言葉を交わせていない。
「クソが」
せっかくの飲み会なのに。【全員生き残ったね!おめでとう!】の宴なのに。
俺は、ここに来て酒を飲むどころか、殆ど誰とも喋れていないのだ。
「サトシ!サートシ!サトシ!サトシーー!」
「……」
畜生、子供も居ねぇのに育児ノイローゼになりそうだ。
向こうから料理を運ぶシバも、チラと俺を見ては眉を顰めている。まぁ、そうなるだろうよ。
ただ、厨房に立つドージさんの方は、特に何も変わらない。いや、本当にドージさんの脳筋具合、いや懐の広さは別格だった。
「サートシ!サトシ!無視をするな!おーい!」
「……」
凄いのが、こんなエルフ至上主義の世界であるにもかかわらず、俺に甘えて離れないイーサの姿に、「ポチ!お前、犬を飼ったのか!ちゃんと面倒みてやれよ!」と、一番言い得て妙な表現で笑っていた。
脳筋だと思っていたが、どうやら本能で察知する能力は一番高いらしい。
いや、でも。「ちゃんと面倒みてやれよ」と言われても、だ。
「サトシーーー!」
「うるせぇっ!いい加減にしろっ!?それ以上喚いたら絶交するぞ!」
この瞬間、イーサの鬱陶しさが天元突破し、俺は完全に怒髪天を衝いていた。
「ゼッコウ?」
「あぁ!そうだ!お前、そろそろ我儘も大概にしろよ!?」
「キンは、ワガママなど言っていない!」
「言ってる!お前はそもそも呼ばれてもない飲み会に突然来て追いだされてもおかしくない所を、こうして特別に仲間に入れてもらってるんだ!わかってんのか!?」
「うぐ」
「それなのに、お前は何だ!皆に嫌な態度ばっか取って!いい加減に、そろそろ皆とも仲良くしろ!そうじゃなきゃ絶交だ!」
「っ!」
金弥の顔をしたイーサが、その顔をグシャリと歪ませる。最早、その顔はどこからどう見ても金弥だった。
——–サトシ。他の子なんかと遊ばないでよ。前みたいにオレとだけ遊んで。ねぇ、サトシ。サトシ!サトシったら!
小学校に入学したばかりの七歳の金弥が、此処に居る。