しかし、だ。
ヴィタリックという王の登場が全ての戦局が変えられる程、戦争とは甘いモノではなかった。
「人間達からの攻撃は、止まない!たとえ士気が上がったとしても、負傷する兵の数は日に日に数を増していき戦況の悪化を止める事は出来なかったのである!やはり、もう無理だ。戦線を一旦下げましょうと軍のトップ達は、幾度となくヴィタリックへと進言した」
俺はゲームのプレイ中の記憶を掘り起こしながら、酷く苦々しい気持ちになった。
そう。【セブンスナイト3】の国家防衛戦線は、死ぬ程難易度の高い戦争ゲームだったのである。その難易度の正体は、絶え間ない“連戦”にあった。
フィールド上の敵を倒しても倒しても、リーガラント側の敵兵が減る事はない。
ちなみに、「国家防衛戦線クエスト」の達成条件はこうだ。
【勝利条件】
六十ターン、国境線を守り抜く
【敗北条件】
ヴィタリックの死亡及び、敵兵力の国境線への到達
もう、これが!死ぬ程難易度が高いのだ!
その難易度の高さは、もちろん六十ターンと言う、多すぎる戦闘ターンが全ての原因といってよかった。
これまでの通常の戦争イベントは、どれだけ長くとも二十ターン以内に終了するように設定されていた。
それがクリプラント国家防衛線に関しては、その三倍。すなわち、第一次、第二次、第三次と戦争イベントを三戦連続で行うという、余りにも鬼畜過ぎる仕様だったのである。
「しかし!軍のトップからどれ程戦線を下げるように進言されてもヴィタリックは頷かなかった!そんなヴィタリックの頑なな姿に、軍の指揮官達はこう思った!」
語りながら、俺はふとゲーム画面に映し出された年若いヴィタリックの姿を思い出した。
「この新しき王は、愚王である、と!」
若いヴィタリックの姿は、そりゃあもうイケメンで。さすがは乙女ゲームだと思わせる華のあるビジュアル強度をしていた。
しかし、やはり俺の心を掴んで離さなかったのは、ヴィタリックの“声”の方だった。
「そうやって、指揮官たちの中でヴィタリックに対する不信感が募っていく中、一人の若い指揮官だけは違った。ヴィタリックは“何か”を確信しているのだ、と。その指揮官だけは、ハッキリと理解したのだ!」
【セブンスナイト3】が発売された時、既に飯塚さんは七十代だった筈だ。それなのに、若いヴィタリックの声を、それはもう鮮やかに演じ切っていたのだ。
きっと知らない人が聞いたら、若い声優が声を当てているのだと思った事だろう。
それほどまでに、飯塚さんの声は若いヴィタリックのビジュアルにピタリと合っていた。
「その若い指揮官は、自分よりも年長者である指揮官たちを必死に説き伏せた!」
俺は深く息を吸い込むと、プレイ時に聞いた“あの”若い指揮官の声を思い出しながら声帯の奥を揺らした。
『自分達の為に、ここまで走って来てくれた王を、民である自分達が信じないでどうする!王の言葉を、信じずして我々はこれから一体何を信じて生きるというのだ!』
このタイミングで、俺は再び酒場中を見渡した。
ここに居るのは、クリプラントの兵士達だ。そのせいか、皆の感情移入が、そりゃあもう凄まじい。目を見れば分かる。それに、先程の若い指揮官の台詞に感動したのか、勢いよく椅子から立ち上がる者まで出てくる程だ。
あぁっ!そういう素直に反応してくれるヤツら!俺は大好きだ!
「その若い指揮官の言葉により、王の言葉に逆らってでも戦線を下げるべきという強硬派の意見を抑える事が出来た。そこからは、兵も、指揮官も、そしてヴィタリックも。全員が歯を食いしばって耐えた。耐えて、耐えて、耐えて――」
ついに、その時は来た。
もう、前線に立てる兵の数も減り、アイテムも尽きかけていた折。更に俺は三度のゲームオーバーの末、やっと六十ターンもの間、国境線を守り抜いたのだ。
すると、どうだ。
「夜明けと共に、リーガラント側の兵は一気に波が引くように引いて行った」
第三次国家防衛戦線は、リーガラント軍の突然の撤退により幕を閉じたのである。
「そして、去って行くリーガラント軍を見送りながら、自らもボロボロだったヴィタリックは小さく呟いた」
このタイミングで、またしても俺はイーサに耳打ちをする。
やっぱりヴィタリックの台詞は、イーサに言って貰いたい。この気持ちには、最早俺の純粋な“希望”が込められるだけだ。
妬みも、苛立ちも、苦しみも、何もない。
『やっぱり。お前の言う通りだったな、カナニ』
イーサが俺の耳打ちの通り、囁き声である事を分からせつつも皆の耳に届くようにハッキリと言い放った。