148:サトシ、イーサを掌で転がす

 

 

【セブンスナイト3】

 

それはシリーズ初となる、エルフの国クリプラントを舞台としたナンバリングタイトルだった。

 

キャッチコピーは「閉ざす事は愛すこと。戦え、日常という安寧を守り抜く為に」

これまでクリプラントと言えば、排他的で、選民意識の強い“敵国”として登場するのが常だった。

 

そして、そんなクリプラントのトップには常に最強の王、ヴィタリックが君臨していた。更にヴィタリックと言えば、物語の語り部役としても登場し、セブンスナイトシリーズの屋台骨とも言える存在でもあった。

 

そんな、エルフの国が舞台とあり、3の発売当初は相当話題になった

 

らしい。

 

まぁ、イーサ役のオーディションを受ける為に、後から一気にプレイした俺には、当時の事はよく分からない。

ただ、最近プレイしたばかりなので、どの物語も、めちゃくちゃ記憶には残っている。そりゃあもう、昨日の事みたいに。

 

 

セブンスナイト3は、そのストーリー展開がめちゃくちゃ熱かった。

 

こんなの恋愛シミュレーションゲームに対して抱く感想としてはどうかとも思うのだが、その設定が既に“熱い”としか言いようがないのだから仕方がない。

 

 

それもその筈。時は今から遡る事六百年前。

 

建国の父と謳われる、国王ヴィタリックの即位直後が舞台なのだ。これまでは、最強の敵でもあり、物語の語り部でもあったヴィタリックの、若かりし頃の姿。

それは後から一気にプレイした“にわか”の俺から見ても、相当クるモノがあったのだ。本気のファン達にしてみれば、そりゃあもう凄まじい衝撃だったに違いない。

 

そんな折だ。人間達の国であるリーガラントとの関係が悪化し、戦争にまで発展したのは――。

 

 

「クリプラント国家防衛戦線。それは、これまで外に打って出るばかりだったクリプラント側にとって初めて行う国土防衛戦だった!」

 

 

 俺の語りに、周囲の視線が一気に集まる。

 あぁ、皆の注目を浴びるって、何て気持ちが良いんだろう!酒を飲んでいるせいか、いつもより気持ち良くて仕方がない。

 

 気分良く話す俺を前に、一際強い視線を向けてくるヤツが居た。

 

「……さとし」

 

 イーサだ。

 重なり合う視線。パチパチと音が聞こえそうな程、大きく見開かれた目。

そんな、どこか幼い頃の金弥を思わせるイーサの仕草に、俺は内心苦笑した。

 

あぁ、そうだ。イーサにとって、俺のお話会は久々の筈だ。だとすれば、気合を入れて話してやらなければ。なにせこれは、イーサの“父親”の話なのだから。

 

「第一次、二次と国境沿いを守り抜いていたクリプラント軍だったが、第三次防衛戦に向かう頃には、兵も大分消耗しきっていた!崩壊寸前の前線で、軍は戦線を後退させる否かの選択肢に迫られていた!」

 

 俺はプレイ時の記憶の脳内で反芻しながら、スラスラと語ってみせる。

 

「次に戦線を下げれば、国境を超えられてしまう!それほどまでにリーガラント軍の進撃はギリギリの所にまで及んでいたのだ!さぁ、何がそこまでクリプラント軍を苦しめたのか!」

 

 そう、それまでシリーズを通して“最強”だと思っていたクリプラント軍だったが、そこには明確な弱点があったのだ。

 

「それは圧倒的な戦力差だ!エルフと違い、人間はその数が圧倒的に多い!故に、人間達の猛追は一切留まる所を知らず、前線に立つエルフ兵達の士気は次第に落ちていったのであった!」

 

 このタイミングで、一旦水分を採る。まぁ、水分と言っても俺の手にあるのは酒なのだが。あぁ、酒が美味い!

 

「終わりの見えない戦いに身を投じ、心の折れかかっていたエルフ兵達!もう国境沿いまで前線を下げざるを得ないと、軍のトップ達が判断しかけた時だ!そこに、一人の若い男が現れた!」

 

酒のおかげで、非常に良い感じに出来上がってきている。少し喉の感覚が鈍くなってきた気がする。でも、今はそんな事など気にしてなどいられなかった。

 

なにせ俺は語らねばならないのだ!目の前に居る、何も知らないイーサに!このクリプラントの歴史を!自分の父親の勇猛さを!

 

そして、何よりその“声”の格好良さを!

 

「その男の名はヴィタリック!前王の急死により、突然王座に就く事になった若き王だ!そんな一国の主が、何故か戦いの最前線に立っていた!どうして王がこんな戦いの最前線に?と戸惑う兵達にヴィタリックは語りかけた!」

 

 チラと、イーサを見る。その瞬間、やはりパチリと合う視線。

どうせならこの台詞はイーサに言ってもらいたい。だって、イーサは……いや、金弥は、飯塚さんの声に似ているから。

 

「キン、ちょっと来い」

「えっ?」

 

 俺はポカンとした顔でこちらを見つめていたイーサの腕を引っ張ると、その耳元でソッと囁いた。

 

「っ!」

「ほら言え。格好良く。偉そうに。王様みたいに」

「いやだ。だって、これは、あのヴィタリックの…」

「イーサ」

「な、に」

 

 モゴモゴと戸惑うイーサに、俺は“金弥”が喜ぶ事を、ソッと口にしてやる事にした。

 

「俺に、格好良いところ見せてくれよ」

「う、ぁ」

「なぁ、イーサ。おねがい」

「っ!」

 

 息を呑むイーサの声を片耳に挟みつつ、俺はイーサの体からサッと離れた。これで、だいたい金弥は機嫌良く言う事を聞いてくれる。俺は金弥を掌で転がすのは得意なのだ。

 

「……聴け、お前らが立って居る、」

 

 どこかぼんやりとした表情で此方を見つめながら、囁くような声で台詞を口にするイーサに、俺はヤキモキした。

あぁ、まったく!何てボケっとした声を出してるんだ!

 

「キーン?ほら。もっと大きな声で、皆にお前の格好良い声を聴かせてやらないと!さぁ、はい!」

「っ!」

 

 そう、イーサの腕を勢いよく叩いてやると、次の瞬間、イーサは弾かれたようにその声を放った。

 

「聴け!お前らが立って居るこの場所こそが、お前らの愛すべき者を守る最終防衛線だ!一歩でも下がれば国土が蹂躙されると思え!下がるな!覚悟を決めろ!国を、家族を、愛する者を守れ!」

 

朗々と迷いないイーサの声が、店中に響き渡る。同時に、店のあらゆる所から漏れ出る感嘆の声。気持ちは分かる。なにせ、俺が言うように指示した台詞なのに、そんな俺さえもイーサの声に聞き入ってしまっているのだから。

 

「……さとし、これでいい?」

「うん!上手だったぞ!キン!出来るじゃないか!」

「~~~~!」

 

 ポンポンと軽く頭を撫でてやれば、金弥の顔で、そりゃあもう嬉しそうな表情を浮かべるイーサ。その顔に、俺はといえば複雑な気持ちだった。

 

「まったく」

 

あぁ、もう。金弥は……やっぱり最高に良い声をしている。それが、俺にとってはいつもいつも悔しくて仕方が無かった。金弥の声なんか聞きたくないと思った事も、一度や二度の話ではない。

 

でも、不思議な事に、俺が金弥から離れた事は、一度たりともなかった。だって俺は――

 

——–サトシー!いっしょに、あにめしよー!

 

 俺は、ずっとずっと大好きだった。金弥と台詞の言い合いをするのが。

 

だから、どんなに悔しくても、辛くても。止められなかった。だってそれは、俺にとって幼い頃から一番胸を躍らせる事の出来る最高の遊びだったのだから。

 

「閉ざす事は愛すこと!戦え!日常という安寧を守る為!」

 

 それは、セブンスナイト3のキャッチコピーでもあり、ヴィタリックの兵士達に対して放たれた最後の台詞だ。

 

 

「こうして、突然現れた若き王により、兵の士気は一気に上がった。しかし!」