151:サトシ、男同士の友情にシビれる

 

 

「ボロボロのヴィタリックが城に戻った瞬間!カナニが一目散にヴィタリックの元へと駆け寄るんだ!そして!こう言う!」

 

 俺は散漫になってしまった皆の意識を引き戻す為、少し演技も入れてみる事にした。そう、あの時画面の中のカナニは帰ってきたヴィタリックの襟首を掴んで、激昂したのだ。

 

『ヴィタリック!!お前というヤツは!いつもいつもっ!何故お前が戦場に出向いた!死んだらどうするっ!?』

 

 そう、確かこんな感じ。カナニは突然城から居なくなったヴィタリックに毎日毎日頭を抱えて心配していたのだ。

 突然俺に襟首を掴まれ怒鳴られたイーサは、目を瞬かせている。身長が違い過ぎて、イーサも苦しいだろう。

 

 しかし、あと少しだけ我慢してくれ。もう少しだから。

 

『確かに、俺は言った!あと数日戦線を持ちこたえさせれば、必ずリーガラント軍は撤退すると!しかし、だからと言ってそうなる保証などどこにもなかった!ましてや、王のお前が戦場の最前線に立つなど!一国の王としての自覚が無さ過ぎる!目覚めて、城からお前が居なくなった事を知った俺がどう感じたと思う!?戦場に王が現れたと報告を受けた時の、俺の気持ちが分かるか!?』

 

 あぁぁぁっ!最高か!

この場面の中里さんの演技な!?俺のじゃなくて、ホントの中里さんのヤツな!?

 

 もう、本当に痛い程カナニの気持ちが伝わってくるんだよ!

ヴィタリックとカナニが幼馴染である事は、物語中、サラリと語られただけで詳しく掘り下げられていたワケではなかった。けど、この中里さんの演技で、これまでのヴィタリックとカナニの全てが伝わってくる。

 

 あぁ、あれは最高の演技だった。

 

 俺は、掴んでいたイーサの襟首から手を離すと、すぐに周囲を見渡した。よし、皆の気持ちの散漫さが無くなって、物語への感情移入が戻ってきている。

 

 よしよしよし!よーし!

 

「カナニは分かっていたんだ。リーガラント国内も、一枚岩ではない事を。好戦派と反戦派。この二つで国内が割れる中、強行された侵略戦争で、どこまで戦争が長引けば反戦派が優位に立つか。どこまで犠牲者が出れば、国内の世論が反戦に傾くか。カナニは全ての情報を細かく分析して、一つの仮説を立てていた」

「カナニが?」

「そう。カナニは頭脳明晰だからな!だから、カナニは事前にヴィタリックにだけは伝えていたんだ」

 

『“その日”まで耐え抜けば、必ずリーガラント軍は撤退する』

 

「……そう、だったのか」

「そう。それが、撤退のあの日だった。だからこそ、後はそのタイミングまで守り切れば良かった。しかし、それには条件があった」

 

 その条件こそが、ヴィタリックがどれだけ軍議で指揮官達から進言されても是としなかった事。

 

「戦線を下げない事。それだけがカナニの出した絶対条件だったんだ」

「そうか。戦線を下げれば、リーガラント側に、此方には戦力に後がない事がバレ、士気も上がってしまう。だから、絶対に戦線を下げる事は許されなかったのか」

「おお、さすが。その通りだ」

 

 イーサの明朗な分析に、俺はコイツも一応王子様なんだな、と改めてストンと納得してしまった。

 

『より自分達を大きく、そして余裕があるように相手に見せる事で、中身が伴っていなくとも相手に勝つ事は可能だ。つまり、“ハッタリ”で勝てる戦もある、という事さ』

 

 カナニ、格好良過ぎる。声も台詞も最高です。マジで会ってみたいなぁ!

 

「ただ、実際の戦況からすれば、明らかに“その日”まで戦線を下げずに戦い抜く事は不可能だった。それだけは、カナニでさえ有効な策を弄せずに居た」

「……」

「だからこそ、ヴィタリックは立ち上がったんだ。王という立場を利用して出来る、自らの“最善”を尽くす為に」

「アイツが……そんなの、全然想像がつかない」

 

 未だに信じられないのか、イーサがモゴモゴと口の中で言葉を紡いではかみ砕く。そんなイーサに、俺は言った。

 

「なぁ、キン。お前は、俺が必死に悩んで出した結論に一つだけ障害があって、それで俺が悩んでたとするだろ?」

「うん」

「その障害に対して、お前にしか出来ない何かがあるって分かったらどうする?なぁ、キン。お前は俺の為に、何かしたいと思うんじゃないか?」

「当たり前だ。俺は……サトシを助ける為なら何でもする」

「ほらな、そういう事だよ」

「っ!」

 

 ヴィタリックが戦場に走ったのは、自分が王だからじゃない。国の為に、必死に悩み、考え抜いていたカナニを傍で見ていたからこそ、戦場へと走った。それが、最後のヴィタリックの言葉に、全て現れている。

 

「自分を怒鳴りつけてくるカナニに、ヴィタリックは最後……こう言った」

 

 俺はイーサの耳元に口を寄せると、ソッと最後に囁いた。

あぁ、今日の台詞の言い合いっこも楽しかったな。これだから、キンとのこの遊びはやめられない。

 

「さぁ、イーサ。これで最後だ。王様みたいじゃなくて、コレはお前が普段、俺に言うみたいに言ってくれ」

 

それが、きっとあの時のヴィタリックに一番近くなる筈だから。そう、俺が願いを込めてイーサを見つめた。すると、次の瞬間、俺の耳には懐かしくも、格好良い、憧れの声が響いてきた。

 

 

『カナニ!本当にお前の言うとーりだった!お前を信じた、俺が正しかったな!』

 

 

 そう言った時、きっと飯塚さんもゲームの中のヴィタリックのように笑っていたに違いない。そして、きっとそばには中里さんも居た筈だ。

 

 打てば響く。声とは、演技とは、一人で出来上がるモノにあらず。

 対話と共に、相手によって最高の仕上がりになっていくモノだ。

 

 だからこそ、中里さんの読んだ、飯塚さんへの弔辞は、あんな言葉で締めくくられたに違いない。

 

 

——–クニ。お前は、俺の声の一部だったよ。