152:弔辞

 

 

弔辞

 

 お前の訃報を受けた時、ちょうど収録が終わった所だった。最近、めっきり現場で合う事もなく、久々に家に遊びに行こうかと思っていた矢先の話だ。

 

 最近、体調も大分良くなってきたと言っていたのに、本当に残念だ。早く、会いに行けばよかったと、この場に立つまでに何度思っただろう。

 

 『会いたい人には、会いたいと思った瞬間に会いに行け。お前が思うほど、人生はそう長くねぇぞ』という、フルートの台詞を言うお前の声が、聞こえてきた気がした。

 

キャラクター達は、いつだって私達に正しい事を教えてくれていたのにな。

 

 クニ。お前と初めて会ったのはもう五十年以上前だ。

私は役者を目指し、塚田の劇場で少ない客を前に必死に役をこなしていた。必死に、とは言っても任されるのはほんの端役で、誰も気にも留めないような些細なモノばかりだった。

 

 劇が終わり、私はすぐに劇場を後にした。楽屋なんてものはもちろん無かったし、食い扶持を役者で稼ぐ事も出来ない時代だ。別の働き口を、すぐに探しに行かねばならなかった。

 

 そんな折だ。劇場の外で、クニ、お前が話しかけてきた。

 

「お前良い声をしているな。ちょっと俺に付いて来い。お前にピッタリの役をくれてやる」

 

そう言って、返事をするかしないかの間に、私はお前に連れて行かれたな。最初は変なヤツだと思った。そして、次に思ったのはどこかに売られてしまうのかも、なんていう恐怖だった。

 

そりゃあそうだ。なにせ、お前の風体ときたら、着崩したスーツに、色付きのサングラスなんていう、“いかにも”な格好をしていたから。

クニ、お前はよく若手から怖がられると気にしていたが、そりゃあ仕方ないさ。なにせ、お前は人相どころか、服の趣味もアレだからな。

 

てっきり、どこかの薄暗い事務所にでも連れて行かれるのかと思いきや、着いた場所はスタジオだった。

 

 まさか、そのまま【ムーンバーツ】のナナクサ役をやらされるとは、思ってもみなかったよ。

 

急に連れてきた素人の私に、もちろん周囲は反対していた。私もそうだ。アニメなんて殆ど見ない。そんな自分が、そもそも声優なんて、正直自信がなかった。けれど、お前は絶対に首を縦には振らなかった。

 

「コイツでなければ、俺はナウンズ役を降りる。この声がなければ、お前らの望む最高のナウンズは生まれないだろう」

 

 お前の我儘は通った。まさか。その役が主人公の相棒役なんて、後から知った時はそりゃあもう驚いたモンさ。

 私の人生の転換期は、まさにあの瞬間だったとハッキリ言える。

クニ、私の人生を変えたのは。お前だよ。

 

 それから、お前とは長い付き合いになったな。どの現場に行ってもお前が居る。私が声を出せば、お前がそれに答える。本当は大分と年上の筈なのに、お前は私を幼い頃から共に育ったような親しみを持って接してくれた。

 まさか、結婚相手までお前が連れて来てくれるなんて思いもよらなかったがな。

 

 

飯塚邦弘。

お前は豪胆なようでいて、内心はとても繊細な男だった。新人と現場を共にする度に、「さっきの言い方はキツすぎたか?」「もう少し別の言い方があったんじゃないか」なんて、クヨクヨと気にしているお前を、俺は内心、隣で笑ってみていたものだ。本当に、優しい奴だよ。

 

ただ、物凄く負けず嫌いでもあったな。声の良い新人が現れると、まるで同世代のように張り合った。どんな意識で声を出しているのかと、ベテランのお前に詰め寄られた新人は、そりゃあもう怖かっただろう。

 

けれど、それはとても名誉な事だ。私には、相手の新人が羨ましく見えて仕方がなかった。お前、気付いてなかっただろ?別の意味で私が新人に嫉妬していたなんて。

 

 時に無邪気な子供のようであり、時に皆を導く父のようであり、そして、私にとってはかけがえのない友でもあった。いつからか、お前が俺を“盟友”なんて呼ぶようになって、周囲からもそう呼ばれ始め。

 

 それが、どれだけ私の誇りになったか分からない。自分は、あの飯塚邦弘の盟友なのだと思うと、半端な演技など出来やしない。飯塚邦弘の声に向き合う時、私の声は一つ上の世界へと昇る。出会った頃から、ずっとそうだった。

 

「お前にピッタリの役をくれてやる」

 

 そう言って手を引いてくれたあの日が、私の人生の始まりであり、どの役柄を演じる時も、お前が居たからこそ、その役は私にとっての“ピッタリ”になれた。お前はもう言ってくれないから、これからは私が言おう。

 

 

 飯塚邦弘は中里譲の盟友である、と。

 クニ。お前は、俺の声の一部だったよ。