153:愉快に泣き上戸

 

 

 お話会が終わった。

 

 周囲からは、最高の歓声が上がっている。どうやら、俺とイーサのお話会は大成功だったようだ。

 

「サトシ!お前、いつも思うが作り話がうめぇな!」

「しかも、絶妙に本当に居る要人の名前を出してくるモンだから、一瞬マジかと思っちまうしよ!」

「お前ら!ソレを仕事にした方が金になるんじゃねぇのか!」

「それがいいよ!サトシ!広報活動から予定管理まで、裏方はぜーんぶ僕がやるから!三人でお金持ちをめざそー!」

「サトシ!お前が軍を辞めたら、お前はいつベイリーになるんだ!」

 

 

 各々、楽しそうに俺とイーサに向かって口々に何かを言っている。それをどこか遠くに聞きながら、先程までの高揚感が波のように引いて行くのを感じた。

 何故だ、俺は。さっきまでは凄く楽しかったのに。

 

「サトシ?」

 

 俺の様子がおかしい事に気付いたのだろう。イーサが俺の顔を屈んで見つめてくる。その顔はやっぱり金弥そのモノで。

その瞬間、高揚感ではない、別の「強い感情」が津波のように襲ってきた。

 

「きんっ!」

「っ!サトシ?な、泣いているのか?何故だ?どうして急に泣く!?」

「いいづかさん、死んじゃった。もう、こえっ、きけねぇっ」

「また、“イイヅカサン”か?ソイツは死んだのか?」

「う、んっ……ざみじいぃっ。まだ、ごえがききだいよう」

 

 全く感情のコントロールが出来ない。先程まで楽しかったのに、どうしてこんなに急に悲しくなるのだろう?

 

「あー、キン君。サトシ、凄く酔っぱらっちゃってるね。慣れない癖に呑み過ぎるから」

「水を飲ませなければ」

「すまん、シバ!アイツに一杯水を持ってきてくれねーか!」

「わかった。すぐ持ってくる」

 

 周囲の声も聞こえている筈なのに、頭の一番大事な所まで、言葉が到達していない感じだ。どこかはっきりしない。まるで脳みそに、薄モヤがかかっているようだ。

 

「サトシ、座ろう」

「きん?なぁ、なかさとさんも、つらがったど思うんだぁ」

「“ナカサトサン”?今度は誰だ?ソイツも死んだのか?」

「死んでないっ。だからっ、悲しいんだっ。いいづかさんとながざどざんは、めいゆう、でっ!ヴィタリックと、カナニでっ」

「……ヴィタリックと、カナニ?」

「おいていかれた、かなにはっ……どれだげ辛かっただろうって!そう、おもうと、かなじぐでぇ」

 

 俺はとめどなく流れる涙を拭いながら、ネットで見た中里さんの弔辞を思い出していた。あの弔辞は、あまりにも印象的過ぎて何度も何度も読み返した。そしたら、いつの間にか頭の中に張り付くみたいに覚えてしまった

 

「……」

「サトシ?」

 

 突然涙を止めて固まった俺に、イーサの怪訝そうな声が聞こえる。ぼんやりする頭を抱え、ただ、俺はイーサの目をジッと見つめた。

 

「サトシ?気持ち悪いのか?吐くか?」

「ちょうじ!」

「は?」

 

 俺の突然の「弔辞」という言葉に、イーサが呆けた声を上げる。

 本当は、こんな鼻の詰まった声で中里さんの弔辞を読み上げたくはなかったが、どうしても声に出して言いたかった。出来るだけ、中里さんの声に似せつつ、イーサに向けて。金弥に向けて。

 

 この時の俺は、完全に“中里譲”という役に成り切っていた。

 

『お前の訃報を受けた時、ちょうど収録が終わった所だった』

 

 声を張る。

 中里さんにとって、飯塚さんとの出会いは人生を変えた。そこからずっと、ずっと一緒に二人でやって来た。そんな相手が、居なくなる。置いていかれる。そんなの、想像を絶する。

 

中里さんにとっての飯塚さんは、俺にとっての金弥だ。

 

「何の話をしてるんだ?」

「おーい!サトシが壊れたぞー!早く水―!」

「サトシ、もしかして誰かの弔辞を読んでる?」

「ベイリー?」

 

 あぁ、周囲の声が邪魔だ!イーサも戸惑った顔で俺を見つめるばかりで、ちっとも中里さんの弔辞に集中していないじゃないか!

 

「うるせぇっ!お前ら黙って、俺の声を聴け!」

 

 弔辞を一旦止めて、叫ぶ。

周囲から「泣いたと思ったら怒り出したぞ」「めんどくせぇ酔い方するヤツだな」とか様々な声が聞こえてきた。

うるせぇ!うるせぇ!うるせぇ!どいつもこいつも!黙って俺の声を聴け!

 

「そして、お前はコッチ見ろ!俺だけ見ろ!」

「え!?」

 

ついでに、イーサの肩をガシリと掴んでやると、戸惑いの色が濃くなった。いいから聴け。分からなくても聴け。これは、お前に宛てて言ってるんだ!

 

『クニ。お前と初めて会ったのはもう五十年以上前だ』

「?」

 初めて会ったのこないだじゃんみたいな顔すんな!蹴とばすぞ!

 

 

『お前良い声をしているな。ちょっと俺に付いて来い。お前にピッタリの役をくれてやる』

 ちょっと頑張って飯塚さんの声に寄せてみる。うーん、やっぱり俺よりイーサの方が似てる。残念だ。

 

『クニ、私の人生を変えたのは。お前だよ』

 ただ、この辺りから、イーサの瞳から戸惑いが消えた。

 

 

『私が声を出せば、それにお前が答える。本当は大分と年上の筈なのに、お前は私を幼い頃から共に育ったような親しみを持って接してくれた』

あぁ、ヤバイ。また泣きそうだ。中里さんはこれを泣かずに読めたのだろうか。だとしたら凄い。

イーサの俺を見る目は次第に、強く、そして濃くなった。

 

 

『時に無邪気な子供のようであり、時に皆を導く父のようであり、そして、私にとってはかけがえのない友でもあった』

中里さんにとって、飯塚さんは“全部”だった。俺にとっての金弥もそう。まだ二十年くらいしか一緒に居ないけど、俺にとってもまた同じだ。

 二十年?もう、二十年になるのか。

 

 

『クニ。お前は、俺の声の一部だったよ』

 この瞬間、再び俺の目からは、ハラリと涙が零れ落ちた。

 

 

こうして、俺は無事に中里さんの弔辞を読み終えるに至った。なんだろう。達成感が凄い。セブンスナイト3のヴィタリックとカナニを演じた後にコレが読めるなんて。

 イーサの顔を見上げて見れば、俺の事を酷く妙な表情を浮かべながら見つめている。

 

あぁ、金弥の顔だ。どうしよう。俺。

 

「なぁ、きん?」

「どうした?サトシ」

 

 イーサの手が、いつの間にか俺の腰に回っていた。視線も、どこか熱い。というか、俺も熱い。頭がぼんやりする。

 

「ごめんなぁ」

「え?」

 

金弥がイーサ役のオーディションに受かったと聞いた時、「あんなヤツ居なくなればいいのに」と、俺は本気で思ってしまった。

どうしよう。金弥は大丈夫だろうか?金弥が死んでたりしたらどうしよう。

 

「きん、きん……きんや」

「サトシ?」

 

金弥が居なければ、このイーサだって生まれてこれない。それだけは、絶対にダメだ。イーサは、お前にしかやれないのだから。

 

「いーさ役、受かったのに……おめでどうっで言ってやれなぐてぇっ。ごめぇん」

「サトシ、落ち着け。ほら、イーサがどうした?」

「おめでどうって、もう思ってるから。おうえんずるがら」

「サトシ、おい。何が悲しい?理由を話せ」

「だがら、おねがい」

 

 そのまま戸惑うイーサに、俺は泣きながら勢いよくその体に抱き着くと、唯一、この酔いにも負けない気持ちを吐き出した。

 

「お前はぁっ、おれよりざぎに、じぬなよ。もし、俺が死んだら、おまえが、おれの、ちょうじ、を、よんで」

「っ!」

 

 中里さんは、今もたまにアニメで声を耳にする。大分高齢な筈なのに凄いと思う。そう、中里さんは“盟友”が居なくなった後、今尚自分の役割を全うしている。

 

 でも、俺はきっとダメだ。

金弥がイーサ役に受かって、俺より先に一歩進んでしまっただけで、夢を諦めようとした。それなのに、金弥が先に死んだりしたら、俺は絶対にダメになる。

 

自分でも、幼馴染相手に重いと思う。こんなの金弥にバレたら、気持ち悪がられるかもしれない。だから、おくびにも出してこなかった。

でも“イーサ”になら、言える。ぜんぶ、言える。言っていいんだ。

 

「きん、“イーサ”じょうずだったよ」

「……さとし」

「いいこえだ。だいじに、しろ」

 

 イーサは金弥であって、金弥じゃない。イーサは夢の中で、俺を何度も泣かせてくれた。イーサの前でなら、俺は泣ける。

 

 俺は温かい温もりに包まれながら、ソッと目を閉じた。

 腹もいっぱい。酒も飲んだ。お話会もして、たくさん笑った。怒った、泣いた。

 

 

 俺は、つかれた。