番外編8:初代様は、ひとりぼっち!

【前書き】

 

 犬が居なくなった後の初代様のお話。

 犬が居なくて、そこそこヤバイテンションで病み散らかしている初代様が居ます。

 直接的にヤっている訳ではないのですが、内容的にR18です。

 

 短いお話ですが、どうぞ。

 


 

 

 

 犬が犬が居なくなった。

 それでも、俺の毎日は当たり前のように続いていく。

 

 もう、犬の事を覚えているヤツは、きっとこの世で俺一人だけだ。

 

 

 

初代様は、ひとりぼっち!

 

 

 

 今日も、耳の奥で犬の声が聞こえる。

 

「王様、東部の治水事業はどのように致しましょう」

ーーーーー初代様、俺は何をしたらいいですか。

 

「計画通り行え。費用が足りない分は国費で賄え」

 

「はい、承知致しました」

ーーーーーはい。

 

 勇者様、なんて呼ばれていた俺は、今やこの国の王になった。当初の俺の野望でもあった一国の主。何もかも、俺の思い通り。

それなのに、全く面白くねぇ。

 

「王様、食事のお時間です」

ーーーーーー初代様、食事の準備が出来ました!

 

「ああ」

 

 こんなクソつまんねぇモンが、俺の望みだったのか。

 

 

      ○

 

 

「あなた、またそうやって食事を残して」

「……コレは出すなと伝えた筈だが」

「好き嫌いをしてはいけません。そうしなければ栄養が偏ってしまいます。子供達にも示しがつきません」

「……」

 

 ウゼェ。

 おせっかいな女が、またお節介な事をしやがった。最悪だ。俺は手元の皿にこれでもかという程盛られた野菜と添えられた肉に、喉の奥でえずいた。

 見るだけで吐きそうだ。顔を上げて見れば、そこには、お節介な女ソックリの顔をしたガキが数人、俺の事を見ている。

 

「わかった」

「ええ。あなたにはずっと元気で居て貰わないと。父は…早くに逝ってしまったから」

 

 そう、どこか悲しげな表情で口にするお節介女を横目に、俺は無理やり皿に盛られた葉っぱを口の中へと詰め込んだ。

 こんなモン食ってて元気でいられるワケねぇだろうが。

 

「っは」

 

 息を止める。咀嚼は最低限に。ともかく一旦飲み込む事だけを考える。

 

「お父様、まさか私達の結婚式の前日に亡くなってしまうなんて。貴方が居なかったら、この国はどうなっていたか」

「お祖父様?」

「そうよ。お祖父様もお父様みたいに、すごく立派な王様だったの。貴方達にも会わせてあげたかった」

 

 その話、一万回は聞いた。

 俺はともかく食事に集中すると吐きそうだったので、必死にクソどうでも良い、お節介女の話に耳を傾けた。

 

「お祖父様はきっと、お父様が来て安心されたんだと思います」

「きっとそうね。お母様が亡くなって、ずっとお父様はお一人で国を支えてこられたから。私も1人だったらと思うと……」

「お母様にはお父様が居ます。お母様は、お父様を愛してますか」

「ええ、もちろんよ」

 

 ヤベェ。吐きそう。

 俺は一気に食事をかきこむと、ゆっくりと椅子から立ち上がった。

 

「仕事が残っているから、先に行く。お前たちはゆっくり食べなさい」

 

 口もとを抑えそうになるのを必死に抑え、俺はその場を後にした。

 俺は一国の主人だ。誰にも弱味は見せられない。それは勇者として旅をしていた頃からそうだった。弱みを見せれば付け入られる。だから、俺はずっとそうしてきた。

 

 たった一人を除いては。

 

「っう゛ぇぇっ!っはぁ、っはぁ」

ーーーーー初代様!大丈夫ですか!?

 

 大丈夫じゃねぇよ。見てわかんねぇのか。犬。

 俺は腹の中のモンを全て吐き出しながら、肩で息をした。耳の奥で、犬の声が聞こえる。

 

「っはぁ、っはぁ」

ーーーーー初代様、お水です。

 

 しかし、実際に俺に向かって水が差し出される事はない。その事実に、俺は再び腹の底から吐き気を催した。そのままの勢いで、再び緑色の吐瀉物を吐き出す。汚ねぇ。

 

「……」

ーーーーー初代様、すみません。拭うモノがないので、一旦コレで失礼します。

 

 口の横から垂れてくる、吐瀉物の混じった胃液。それを、アイツは躊躇う事なく、自分の服の裾で拭った。汚いなんて欠片も思っていないような顔で。

 

「……犬、メシは」

ーーーーー後で作って持っていきますね。スープの準備は出来てますよ。

 

 声のする方を見る。

 そこには、酷い顔をした俺が鏡に映るだけだった。

 

「この嘘つきが」

 

 もう、10年以上。俺は犬のメシを食えていない。

 

       〇

 

 

 

 その日、俺は粗末なマントに身を包み、街へと降りた。

 

「あら、良い男」

「あぁ、来たんだね」

「今日は私にしてよ」

「無駄よ。あの人、男しか抱かないんだから」

 

 周囲から聞こえてくる声を無視し、俺はまっすぐ歩き続けた。ここは城下町の一角にある娼館の集まる場所だ。もう、何度ここに足を運んだか分からない。

 

ーーーーーー初代様、子供。たくさん作ってくださいね。

「っは、何で俺が犬の言う事なんか聞かないといけねぇんだ」

 

 結婚式の前日から、俺はずっと試し続けている。あぁ、何を試しているのかって。

 

「いらっしゃいませ」

「男を見せろ」

「どのようなモノがお好みでしょう?」

「地味な顔がいい。派手じゃなく、肌の色は黄色。髪色は黒だ。あと、出来れば腹に……刺し傷が二つある男」

 

 俺の言葉に男娼館の店主は、一瞬眉を顰めた。何を言っているんだ、コイツは。とでも思っているのだろう。そういえば、この男娼館は初めて来る。

 しかし、俺の見た目から上客だと見抜いているからだろう。次の瞬間には、笑顔で頷いてみせた。

 

「はい、少々お待ちください」

 

 犬、犬、犬、犬。

 おい、聞いてるか。

 

「っぁぁん!っひぅっ!きもちぃっ、っひ!」

「っは、っく」

 

 今回のは、見た目だけは“当たり”だった。目の前に用意された男は、犬そっくりだったのだ。

 俺は激しく腰を打ちつけながら、ソイツの腹にある二つの刺し傷に指を這わせた。傷まである。傷に指を這わすと、俺を包んでいたナカが締まった。締まりも良い。まるで、アイツのナカのようだ。

 

「っぁぁん!」

 

 嬌声が俺の耳をつく。食いちぎられそうな程の締め付けに、一気に射精感が強まる。顔、声、傷。全てが犬そっくりの男。

 まさか、コイツが“犬”なんじゃないのか。やっと見つけた。

 そう、俺が目の前の男にキスをしようとした時だった。

 

「突いてぇっ!もっと奥ぅっ!すけべな穴の中っ、いっぱい掻き回してぇっ!」

 

「っ!」

 

 俺は水でもぶっかけられたような気分になった。もちろん、キスをしようとしていた体は固まり、打ちつけていた腰も止まった。

 

「えっ?」

「……萎えた」

 

 そして、先程までガチガチだった俺のモノは、言葉通り完全に萎えていた。ズルリと犬じゃねぇヤツのケツの穴から自身を取り出す。

 

「え、あの」

「金は払う。出て行け」

「で、でも」

 

 尚も食い下がろうとする、犬そっくりの男に、俺は目を逸らした。ここで黙って「はい」と言ってくれりゃあ、まだ少しはマシだったのに。あぁ、イライラする。

 

 ガンっ!

 

「っひ」

 

 俺は腹の中に凄まじい苛立ちが爆発するのを感じながら、壁を勢いよく殴った。短い悲鳴が聞こえる。

 

「出ていけ」

 

 ソイツは、顔を歪めると何も言わずに部屋を出て行った。その後ろ姿を見送りながら、俺はべったりと様々な体液で濡れ濡った下半身を見下ろす。

 

「返事は、短く“はい”だろうが」

ーーーーーはい、初代様。

 

 結婚式前日から、俺の“試し”はずっと続いている。

 

 あのお節介女を抱いた後、犬を抱く方が断然気持ちが良いと思った。でも、それは相手があのお節介女だからかもしれないと思った俺は、他の女を抱く事にした。

 そして、ハッキリと分かった。

 

「犬、褒めてやるよ」

ーーーー?

 

 どんな女を抱いても、犬が一番気持ちが良かった。それが分かった時点で、既に俺の前から犬は居なくなっていた。

 だから、その“試し”は、意味を変えた。

 

「犬、お前とのセックスが一番気持ち良い」

ーーーーーは、はい!ありがとうございます!

 

 犬が嬉しそうに頷く。俺は知ってる。犬が俺に頭を撫でられるのを好きだという事を。

 

「今日のヤツは“当たり”かと思ったけど、ありゃダメだ」

ーーーーーどうしてですか?

 

 犬が首を傾げて尋ねてくる。よく見たら、さっきのヤツと犬は思った程似ていなかった。腹の傷に意識がいき過ぎていたせいで、どうやら俺は頭が沸いていたらしい。

 

「お前は……あんな風には喘がねぇだろ。お前、俺に言えるか?“スケベな穴、もっと掻き回して”なんてよ?」

ーーーーーあ、えと。俺は……初代様に、そんな命令みたいな事。恐れ多くて、

 

 俺の下品な言葉に、犬の顔が少し赤くなる。そんな犬に、俺は自然と手を伸ばす。コイツは、俺に頭を撫でられるのが好きなんだ。

 

「あーぁ。マジで萎えた。おい、犬。処理しろ」

ーーーーーはい。

 

 命令するや否や、犬が俺の萎えたソレを躊躇いなく咥えた。鼻にかかるような犬の呼吸音が耳を付く。

 

ーーーーーっふ、んんんっ。

 

 そう、これだ。この声。

 最初は口の中に含み、舌を使って裏筋から亀頭まで、丁寧に舐め上げる。そして、じょじょに俺のモンが硬度を増していくと、一旦口から出した。

 

ーーーーーっふは。ちゅ、ぺろ。れ、ろ。んく。

 

 口に全て入らなくなってからは、必死に舌を這わせる。カリの部分を舐める時は先端をツンとさせ、優しく緩急をつけて。

 

「っは、上手だ」

ーーーーーっ、ぁい。

 

 俺の股の間で必死に頭を動かす犬に、俺は褒美とばかりに頭を撫でてやった。すると、気持ち良いとばかりに、犬の肩がヒクリと揺れる。

 

可愛い、可愛い、可愛い。俺の犬。

 

ーーーーーーちゅっ、ん。っふ。はぁっ、しょだい、さま。

 

 先端から垂れ流し始めた先走りを、まるでストローで甘い飲み物でも飲むように吸い上げる。あんな風に下品な言葉で喘がなくとも、コイツはこんなに表情だけで雄弁と語ってみせる。

 

ーーーーーーおいしい。もっと。

 

 そんな顔で、俺の全てを包み込む。可愛い可愛い俺の犬。俺だけの犬。

 

「っは、っぁ。犬、口に出すぞ」

 

ーーーーーーっは、ぃ。

 

 お前だけ、俺にはお前だけだった。俺がどんなに酷い扱いをしても、俺が何を命令しても、俺が誰に狙われていても。

 お前だけは、ずっと俺に付いて来てくれた。

 

ーーーーーーしょだいさま、きもち、良かったですか?

 

「あぁ……」

 

 俺は自分の手の中に放たれた、ドロリとした種を見つめながらベッドのに拳を立てた。

 

「……犬、抱かせろ。お前の中に、出してやるよ。孕ませてやるよ……なぁ、嬉しいだろ」

 

 俺の震える声に対し、耳の奥で声が聞こえた。

 

ーーーーーーはい、初代様。

 

 声が聞こえた。でも、

 

 俺は、ずっと一人だった。

 

 

        〇

 

 

 俺は、犬に会いたくてたまらなかった。

 時間が経てば、少しはマシになるかと思ったが、むしろ時間が経てば経つ程、腹の底の燻ぶりが激しくなっていく。もう十年以上も前の事なのに、俺は生きている“今”よりも、“あの頃”の方が様々な事を鮮明に思い出せてしまう。

 

「あーぁ、やっぱもう……お前の匂いはしねぇのな」

 

 最後に犬が寝泊まりしていた部屋に、俺は居た。ここは、あの日から何も変わっていない。手を付けるな、と手厳しく命令してあるからだ。

 そうやって、訪れていた部屋は、最初こそアイツの匂いがしていたが、そのうち全部俺の匂いにすげかわっていった。

 

 そりゃあそうだ。なにせ、毎日俺が訪れるのだ。十日もあれば完全に犬の匂いなど消えてなくなった。それでも、俺は此処へくる。そして、アイツの残した唯一の手がかりである本を眺めるのだ。

 

「……いぬ、いぬ、いぬ、」

 

 そして、目を閉じて思い出す。犬との旅の日々の事を。結婚式の前日の夜の事を。俺は何度も何度も思い出す。

 

『今日は俺の部屋には来なくていい』

『結婚前夜は夫婦一緒に過ごすのがしきたりなんだと』

『明らかにショック受けてんじゃねぇよ。めんどくせぇ』

『ま、結婚してもたまにはテメェも抱いてやるよ。どうだ、嬉しいだろ?』

『おい、返事。忘れてんじゃねぇよ。お前、俺に結婚して欲しくねぇなんて面倒くせぇ事を考えてんじゃねぇだろうな。ダリィからそういうのやめろよな』

『じゃあ、返事』

 

ーーーーーーはい。

 

 犬が当たり前に居ると思っていた頃の俺。この愚図な犬には俺が居ねぇとダメなんだと、そんなおめでたい勘違いを、今思えばどこから得ていたのかと腹を抱えて笑いたくなる。

 

 もし、あの日、俺がお前を抱いていたら。

 もし、俺がお前に対して「はい」以外の言葉を与えていたら。

 もし、俺がお前を選んでいたら。

 

「お前は今も、俺の傍に居たか?」

 

 答えは無い。こればかりは俺の頭の中に居る犬に答えさせたとしても、どうにもならねぇ事くらい分かっている。

 

「なぁ、犬。そろそろ、答えは……お前から直接聞こうじゃねぇか」

 

 俺は手にしていた本を勢いよく閉じると、犬の部屋から飛び出した。

 

 たった今、やっとこの本の解読が終わった。見たことも聞いたこともねぇ文字で書かれた本。観測と推測、様々な知識に、仮定と検討を重ねて辿り着いた答え。十年かかった。

 

「犬、お前。俺の子孫かよ。すげぇな」

 

 笑えてきた。

 だから、アイツは何かある度に、俺に対して「子供を沢山作れ」と言ってきたワケか。納得した。俺がガキを大量に作らねぇと、アイツの存在自体が危うくなるワケだ。

 

「……っは、そういう事かよ」

 

 マントを翻し、城を出る。

 居場所は分かった。あとはそこへ行く手段を探せばいい。居る場所さえ分かればこっちのモンだ。

 

「勇者の血を代償にすりゃ、だいたいのモンは手に入んだろ」

 

 俺は、全部を俺の思い通りにしねぇと気が済まねぇんだ。今、俺は一国の主になって、何もかも思い通りにやってると思い込んでいたが、そんな事はなかった。

 

「っは!ぜんぜん、俺の思い通りになってねぇじゃねぇか!通りで毎日クソつまんねぇワケだ!」

 

 そうなのだ。俺はやっと気付いた。

 俺がどうしてこんなにも楽しくないのか。そんなモン、一番思い通りにしたかったヤツが居ないからだ。

 

 ひとまず、再び“犬”と会う為に、悪魔と契約でもして寿命を消すか。

 ただ、その前に――。

 

「腐るほど、種を蒔いとかねぇとな」

 

 じゃなきゃ、お前に会えなくなる。

 俺は久々に感じる腹の奥のスッキリした感覚に身を委ね、街へと下りる。何が犬に繋がるか分からない。だから、出来るだけ、たくさん勇者の血をこの世界に蒔き散らしておこう。

 

 それが、数百年後のお前に会う、俺の第一歩だ。

 

 

 

 

 

【本編:エピローグへ続く】

 


【後書き】

犬が居なくなってしまった後の初代様のお話でした。

妄想の犬と会話したり、妄想の犬からフェラしてもらったり……ともかく、初代様。えらく病み散らかしてます。

 

ただ、病み散らかしながらも、目的達成の為に自分の行動を最適化しているあたり、彼が「初代様」と言われる所以なのかもしれません。結果に全力でコミットする。

 

ちなみに、結婚式前日に王様を病死に見せかけて殺して行ったのは犬です。

 

 

犬「生きてると、また初代様を殺そうとするかもしれない……帰る前に殺しておこう」

 

 

犬の殺生には、どこかゲーム感覚なところがあって、ちょっとイカれてる。