幕間15:クリアデータ7 5:15

 

 

 

「良かったー。私、選択肢選び間違えたかと思ったー」

 

 

 栞は、やっと画面の中から消えて無くなった妖艶な雰囲気に、ホッと胸を撫で下ろした。今は寝ながら、ゲーム内の会話に耳を傾けているところである。

 

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【ソラナ】

あら、ダメなお口ね。

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 なんてソラナ姫から言われ、唐突な口付けを受けた瞬間。

イーサの絶叫と共に、それまで三人しか居なかった部屋に、もう一人登場人物が増えた。

 

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【マティック】

シオリ、約束の時間はとうに過ぎてますよ。

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現れた相手はマティックだった。

 

「そういえば、マティックとの約束があったんだった。ソラナ姫からのキスで記憶がぶっ飛んでたわ」

 

 

そして、マティックの登場により、一旦、イーサの部屋はカオスへと陥った。

 

『俺の栞になんて事をするんだ!』『あら?そう思っているのはイーサお兄様だけでなくて?』なんて、美男美女に取り合われる中、マティックからは『まったく、時間厳守でお願いしますよ』なんて叱責を受ける始末。

 

 もう一体何がなんだか分からない空間で、それでもマティックは淡々と栞に今後の役割について説明してきた。

 

 どうやらいつもの如く「時間が無い」らしい。

 

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【マティック】

ゲットーに行き、すぐにエイダというハーフエルフを連れて来てください。

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「ゲットー?エイダ?」

 

 ゲットーとは、元人間国側の領土でリーガラントから割譲された植民地である。

 

「あぁ、あのぼったくり役人の居るところね。ほんと、あの時一千万ヴァイス支払わなくて良かった」

 

 そう、主人公がクリプラントに最初に入った町が“ゲットー”だった。あの時、もし選択肢を間違って、無駄にお金を支払っていたら、きっと今頃、栞はこのプレイ時間で、ここまで物語を到達させる事は出来なかっただろう。

 

「エイダ……ここに来て、ハーフエルフのキャラを出してくるなんて。さすがねぇ」

 

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【マティック】

エイダは我が国からリーガラントへ送られた諜報員です。彼から、どれだけリーガラントの情報を得られるかによって、今後、我が国の未来が変わると言っても過言ではありません。

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 どうやら、マティックによると、そのエイダという人物は、エルフにも人間にもどちらにも情報を流すという、なかなかに尖ったキャラらしい。

 

「でも、それって諜報員って言えるの?」

 

なにせ、流す情報の重要性の有無、その分量共に、決めるのはエイダの主観だというのだ。

 

つまり、

 

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【マティック】

エイダに気に入られれば、より多くの情報を得る事が出来、そうでなければ一緒に城に来る事はおろか、何の情報も此方には渡してはくれないでしょう。

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「エイダとの会話で生じる選択肢には……相当気を配る必要があるってワケね。気を付けなきゃ」

 

 その瞬間、ピロンと画面に表示された新クエストに栞は再び深く頷いた。

 

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【エイダに気に入られて、リーガラントの機密情報を得よ!】を受注。準備が整い次第、ゲットーへと向かおう!

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どうする?

【ゲットーへ向かう】

【ちょっと待って】

 

 

 現れた選択肢に栞は【ゲットーへ向かう】を選ぶ。買い出しやら準備やらは、こんな事もあろうかと既に終えてある。早いところ物語を進めなければ。

 

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シオリ

ゲットーへ行くわ

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すると、そんな主人公の返答に対し、マティックは釘を刺すように言う。

 

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【マティック】

エイダは鋭い男です。嘘も軽薄も、全てを見抜きます。そして、もし情報が得られないような事があれば、リーガラントとの戦争を余儀なくされ……我が国は、遅かれ早かれ滅ぶでしょう。今回の、この戦争だけは、どうしても避けなければなりません。

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 いいですか?頼みましたよ。シオリ。

 

 

 そう、真剣な声で紡がれるマティックの言葉に、栞もようやく理解した。

 

「戦争を回避する事。それがイーサルートでのトゥルーエンドの条件ってワケね」

 

これまで、攻略してきた六人のキャラによる“ハッピーエンド”は、どれもが「クリプラントとの戦争に勝利する事」だった。

そして、その勝利と共に刻まれるラストは「歴史からエルフという種族は消え去った」という、何とも後味の悪いモノだったのである。

 

 

「良かった。【セブンスナイトシリーズ】で、今後エルフは登場しないかと思った」

 

 

 このイーサルートは、そもそも戦争への勝利がハッピーエンドの道筋からは消されている。戦争を行わない道こそが、この【セブンスナイト4】で、製作スタッフがプレイヤーに与えた最高のラストのようだ。

 

 

「プレイ時間的にも、そろそろ終盤に差し掛かってきた頃よね。ほんと、気合入れ直そう」

 

 

既に全員合わせて四十時間を超えるプレイ時間をかけているのだ。絶対にトゥルーエンドを見たい。

 そう栞が思った時だった。

 

 

 

マティックの台詞と共に、画面が一気に切り替わった。

 

 

「あれ?ここ、どこかで見た事が……」

 

 画面に映し出された、とある古めかしい部屋のグラフィックの中に一つの人影が映し出された。そのピシリと固い髪の毛の整えられた茶髪の男。

彼の後ろ姿に、栞はハッキリと見覚えがあった。

 

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【ジェローム】

シオリ。やはり異国から来た人間だ。簡単に我が国を裏切ったか。

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「きゃーー!ジェロームーーー!」

 

 

 ジェロームの登場に、栞はコントローラーを持ったまま興奮気味に叫んだ。

 

 ジェロームはリーガラント側の元帥、つまりトップである。そして、この【セブンスナイト4】において、シオリにとっての“初めての男”でもあった。

栞はそのビジュアルと、その少し俺様っぽい容姿から、発売前のPVを見た時点で最初にオトす事を心に決めていたのだ。

 

「あぁぁ!ジェローム!ごめんね!でも、裏切ってないよ!裏切ってないの!でも、今はイーサルートなの!貴方との思い出も、いっこも忘れてないから!」

 

 少し拗ねたように聞こえるジェロームの声に、栞は焦った。

なんだか、昔好きだった先輩に、今彼といる所を偶然見られてしまったような、後ろ暗さだ。あぁ、いくらイーサルートとは言え、そう簡単に気持ちは切り替えられるモノではない。

 

「ジェロームもねぇ。イーサと同じ国のトップって事で、色々抱えてて……普段の融通の利かなさそうな俺様キャラとのギャップが最高だったわぁ」

 

 ジェロームルートは最初にプレイしたという事もあり、栞の中での印象は最も強いといっても過言ではない。

 

「やっぱ声が最高に良いのよねぇ。じみぃに他人と自分を比較して、劣等感を覚えてる時の声なんて……子供っぽくてちょっと可愛いのよね」

 

 

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【ジェローム】

我が国の危機を乗り越えるには……クリプラントを、エルフ達を滅ぼすしかない。俺は……間違ってなどいない。

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「ジェローム……貴方って本当に、苦し気な声が似合うのね」

 

 苦悩と葛藤。

ジェロームというキャラの真骨頂はいつもそこにあった。そんな彼に寄り添い支えていくのが彼との恋愛イベントでは見どころの一つだった。しかし、今回、プレイヤーはクリプラントに居る。

 

 

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【ジェローム】

大黒柱であるヴィタリックを失って、今のクリプラントは烏合の衆も同じだ。新王のイーサは、父親程の政治手腕など持ち合わせていない。だから、大丈夫だ……大丈夫。

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 自らに言い聞かせるように呟くジェロームの声に、栞はゲームパッケージの裏に記載してある声優の名前を見た。

やはり、そこには見た事のない名前が並んでいた。

 

「やっぱジェロームも新人さんだわ、イーサもそうだけど。さすがプロって感じ。キャラに凄く合ってるわ」

 

 

 さすが、「世代交代」をテーマの中枢に掲げたゲームだ。

 栞は再びこのゲームの真のテーマに立ち返ると、深く息を吐いた。あと少し、あと少しでこのゲームの真実のエンディングへの道が開ける。

 

「そうなったら、ジェロームも助けてあげられるわ。ま、どうなるか分かんないケド」

 

 そう、栞は手にしていたゲームのパッケージをベッドの上に投げ捨てると、再びゲームの世界へと潜る為、コントローラへと手をかけたのであった。