「っい゛でぇぇぇっ!」
「っ!サッ、サトシ!?」
俺の首にかかっていたイーサからのネックレスが、またしても凄まじい痛みを俺へと与えてきたのだ。俺の突然の悲鳴に、それまで子供を拘束していたエーイチが、慌てて俺の方へと駆け寄ってくる。
「っあ゛っつぅぅっ!」
俺はと言えば、シャツの中に隠していたネックレスを肌から離すべく、シャツの前を乱暴に開けた。
「っはぁ、っはぁ。いだいっ!」
「ちょっ!?大丈夫!サトシ!そのネックレスがどうかしたの!?」
駆け寄ってきてくれたエーイチに対し、俺はといえば既に衝撃を放たなくなったネックレスを手に、心臓が早鐘のようになり続けるのを静かに聞いた。
「……だ、だいじょうぶ」
「いや、全然大丈夫に見えないんだけど!?サトシってすぐにそうやってバレバレな嘘つくよね!それ、止めな!?」
エーイチの怒ったような顔が俺の目の前に移り込む。いや、もう大丈夫なんだ。エーイチ、この件に付いては触れないでくれ。
なにせ、このネックレスが俺に痛みを与える時には条件がある。そして、その条件は、ソラナ姫の件で既にハッキリしている。
『俺以外に、欲情するな。サトシ』
そんなイーサの色っぽい声が、耳元で聞こえた気がした。
「う、嘘だろ……?」
そう、このネックレスが反応するのは、俺がイーサ以外に「性的欲求を覚えた時」なのだ。と言う事は、先程、俺はエーイチに……、
「エーイチ、ごめん」
「え?」
「ごめんなさい、ごめんなさい。マジでごめん。ほんとにごめん」
「え!ちょっ!?ええ?何々?何事?」
蹲りながら、俺はエーイチに心からの謝罪を送った。送られた当のエーイチは、意味が分からないと言った様子で、心底戸惑っている。うん、そのまま一生意味など分からないでいて欲しい。
まさか、いくらエーイチが可愛くとも、友達に対して欲情するなんてあり得なさ過ぎる。最低だな!?俺!
「大丈夫!コレたまにイーサがおふざけで俺に電撃食らわせてくるんだよ!」
「は!?そのネックレスって、そんな拷問具みたいなモノだったの!?」
「そうそう!でも、一瞬だから全然大丈夫!はい!そのガキが誰の差し金か、それとも単独犯なのか痛めつけて吐かせようぜ!」
な!
そう、余りにも無理やりな切り返しで、エーイチの肩を叩く。
「いや、でも……」
「エーイチ!」
「な、なに?」
やはり、エーイチはどこか腑に落ちない様子だ。しかし、ここは早いところ話題を変えてしまいたい。でなければ、察しの良いエーイチの事だ。
変に勘付かれでもしたら、羞恥心で死ねる!
「エーイチ!俺、何があってもエーイチとは一生友達だから!」
「っ!さ、さとし……!」
俺の言葉に、エーイチは先程まで浮かべていた不審気な目を消し去り、感動一色で俺の事を見ていた。心なしかその目は潤んでいるように見える。
「あ、ありがとう……サトシ。僕、そんなの言われたの、初めてだ」
「うん、うん!お礼を言われるような事じゃねぇから!俺達は!友達!だから!」
俺のバカな頭がまた勘違いを起こす前に、俺が蹲っていたその場からスクリと立ち上がった。
そういえば、今ここにエーイチが俺に付きっきりになっているという事は、あの子供はどうしたんだ?
「ってか、待てよ!あの子供は!?まさか逃げたんじゃ、」
「居るよ」
「うわっ!」
まさか逃げたのでは?と俺が周囲を見渡しているすぐ隣から、あの少年の声が聞こえてきた。いや、本当にこんなに近くに居るとは思わなかった。
「なぁ、お前。つまんない男の癖に面白いネックレス付けてるね」
「あっ、コレ?」
「そう」
赤毛の少年は物珍しそうに俺の首に掛かるネックレスを指さしてきた。
「コレ、面白いか?」
「うん、凄く面白い」
モチーフも小さいし、普通のシンプルなネックレスにしか見えないのだが。そう、俺が首元にあるネックレスに手をかけて改めて見ていると、エーイチがまたしても厳しい声を上げた。
「ねぇ、もしサトシからネックレスを盗ろうとでもしてみなよ。今度は脅し抜きで骨を折るから」
「えぇぇ、こんなつまんないヤツのどこがいーんだか!俺の方が絶対良い男じゃん!」
「僕は金のないヤツには興味無いよ。……あ。サトシは友達だから別だよ」
「あ、うん。ありがと」
この期に及んで、未だにエーイチに対してアプローチを止めない少年に、俺はなんとも憎めない感情を抱き始めていた。いや、声もなかなか良いモノを持っているし。こういうキャラ、嫌いじゃない。
「さて、逃げてなかった事は褒めてあげる。という事は、素直に僕の言う事を聞いてくれるって事かな?それとも痛めつけられたい悪い子なのかな?」
「嫁になってくれるなら、何でも答えてやるよ!」
「本当の事を教えてくれたら、少しくらい好きになってあげてもいいよ?」
「やっぱ、エーイチって最高!」
もう完全にエーイチに弄ばれる事を楽しみ始めた少年は、そのくすんだ長髪の赤毛をはためかせ、エーイチの手を取った。
「約束だからな!教えるから、少しでも俺の事好きになってくれよ!」
「いいよ、少しならね」
「それでいいよ!少し扉を開けてくれたら、そこからは俺が絶対に落としてみせるから!」
「はいはい。戯言はいいから、早く言いな」
一切取り付く島すら与えようとはしないエーイチに対し、赤毛の少年は一切気にした様子は見せなかった。
それどころか、その直後。嬉しそうに彼が口にしたのは、なんとも予想外かつ、驚きの名前だった。
「エイダに言われてやったんだ!」
「「は?」」
俺とエーイチの言葉がピタリと重なる。ついでに、向けられる視線も赤毛の少年に一極集中していた。
何だって?今、この少年は何と言った?
「ちょっ!今、エイダって言った?」
「あぁ、言ったよ」
「ねぇ、あのさ……もしかして、エイダって」
——-ハーフエルフ?
そう、俺が恐る恐る尋ねると、少年は「そうだぜ!」と、まるで自慢するように頷いてみせた。
「エイダも、俺も、そして孤児院に居る皆も。みーんな!ハーフエルフだ!」
「は?」
ハーフエルフ。狭間の者。クリプラントでは穢れた血と呼ばれ、迫害される者達。そして、見つかれば問答無用で罪に問われ首を刎ねられる。
「エイダは俺達をずっと昔から育ててくれてる!最高に格好良い!俺達の兄貴だ!」
「……」
そう言って笑う少年のどこが罪人なのだろう。
目の前しか見えていないバカな俺は、ハッキリとそう思ってしまうのだった。