「エイダ。お前は僕と似てるよ」
「……それは光栄だ」
「ずっと一人で友達なんか居なかったし、いらないって思ってたから……友達ってヤツの難易度が凄く上がっちゃってるんだ」
エーイチは思い出していた。自分の事を何の気のてらいなく、損得勘定も何もなく“友達”と口にしてくれた相手の事を。
「エイダ。お前はヴィタリック王が死んだ事が悲しくて、認められなくて、寂しいんだ。その感情を“つまらない”に変換して、どうにかやり過ごそうとしてる」
「……」
「イーサに会いたければ、ヴィタリック王に会いに行っていたみたいに王宮に行けばいい。こっちはそれを望んでるんだから。でも、そうしないのは、王宮に行ってしまったら認めなくちゃいけなくなるからだろ?」
——–もう、大好きだった友達が、この世のどこにも居ないんだって。
エーイチは向かい合ったまま、ただ目を見開くエイダを前に両手を広げてやった。
「なに?抱きしめてくれんの?」
「そうだよ」
頷いたエーイチに、エイダはすぐには動かなかった。
「僕も最近友達が出来たばっかりだから、気持ちは分かるよ。もし、この先何十年か後に先にサトシが死んだら、きっと僕はお前みたいな気持ちになるんだろうね」
「……またサトシか」
「そうだよ。僕の友達はサトシだもん。ほら、僕は泣きそうな小さな子を放っておけない性質なんだ。なにせ、僕は孤児院育ちだからね。でも、抱きしめてあげられるのは小さな子だけだよ。大人は自分で立ち直りな」
暗に、子供の姿になれと言ってくるエーイチに、エイダは素直にその姿を昨日の子供の姿へと変えた。
「ほら、おいで。特別だ」
「……なぁ、エーイチ。俺はつまらないと思ってたんじゃないのか?この気持ちは“つまらない”じゃないのか?何しててもずっとあるから、変だとは思ってた」
「違うね。寂しいとか悲しいってさ、思ったより強い感情だから。エイダ、お前は“つまらない”に逃げたんだよ」
「……そっか。そうだったんだ」
ストンと腹の底に落ちていく不思議な感覚。自分の背中に回されたエーイチの腕に、エイダはその身を完全にエーイチに預けた。
子供の姿になった。ただそれだけで、先程よりもエーイチの言葉がスルリと受け入れられる気がするのは、「子供だったら甘えて良い」とエーイチが腕を広げて待ってくれているからだろうか。
「ヴィタリックは……本当に死んだんだな」
「そうみたいだね」
「戦争になったら、さすがのヴィタリックも国を守る為に……また前に出て来るかと思ったんだがな」
「クリプラント防衛戦の時みたいに?」
「ああ。あの時は、楽しかった。よく分からないけど、スゲェ楽しくて。ヴィタリックは、俺が思ってもみない事で、俺のイタズラを止めてくるから……楽しかったのにな」
やっぱり、もう居ないんだ。
子供の声で心細そうに吐き出された言葉に、エーイチは抱きしめる腕を強めた。
「エーイチ。多分、もう戦争は止められない」
「どうしてそう思うの?」
「リーガラントの国民は戦争を望んでいる。それに……」
「それに?」
「……ヴィタリックが居ない。だから、誰も止められない」
そう、ハッキリと口にされた言葉にエーイチは抱きしめる腕を更に強め、そのまま――。
「っぐふっ!っは?エーイチ!?」
「このまま首をへし折られたくなかったら、僕をサトシの所へ連れて行け」
エーイチは小さくなったエイダを背中から両腕を拘束すると、頚椎部に右手を添え、これでもかという力で抑えつけた。
まさか、この為に自分を子供の姿にしたのか?とすると、エーイチはどこから狙ってあの会話をしていたのだろうか。もしかして、質問を提案してきた最初からか?
「ははっ!エーイチ!面白い!お前本当に面白いよ!」
「御託はいい。あと五秒以内に『はい』か『いいえ』で答えろ。僕は僕の友達を助けに行かなきゃならないんだ」
「……はぁっ、好きなヤツにバックでねじ伏せられる。これは面白過ぎる体験だ!最高じゃん!最高に面白い!」
「五……一。ハイ、サヨナラ。エイダ」
「っいでででででっ!!言う!言うっ!てか!カウントダウンはしょってんじゃねぇよ!!」
エーイチは頚椎に込める力を緩める事なく、少しだけ思案した。そして、ふと気づく。自分と同じサイズになったエイダの後頭部にはツムジが二つ見えた。あぁ、ツムジが二つなんて珍しい。
自分と一緒じゃないか、と。思考終了。
「……嘘だな?僕が力を緩めた瞬間に、姿を元に戻して僕を犯す気だ」
「っでででっで!!!ちょっ!えーいじっ!マジで死ぬ!死ぬがら!!」
「殺そうとしてるんだ。死んでもらわないと困る。僕、男に犯されるなんてごめんだよ」
「っぐふ」
完全にバレている。何故だ。今、エーイチは背後に回っているせいで目は見られていない筈だが。そんなエイダの思考が伝わったのか、エーイチの膝がエイダの下半身を強く押し潰した。
「ぐふっ!」
「このド変態。痛めつけられながら勃起させてるなんて、そんなヤツの言う事を誰が信用するもんか」
「おれ、めざめそう……」
「大丈夫、永遠に眠らせてあげるから。おやすみなさい」
小気味良いテンポでエーイチがエイダの頚椎に力をこめようとした時だった。突然、砦中にアラートが鳴り響いた。
「っ!なに?この音」
「これは、緊急放送用のアラートだ……どうしたんだ?急に。何かあったのか?」
「まさか、サトシが逃げた……?」
えらく危機感を煽ってくる落ち着かない音が、エーイチの鼓膜を震わせる。しかし、それでも尚エーイチがエイダの首筋を掴む手を緩ませる事はなかった。
「捕虜一人が逃げたくらいじゃ、こんなアラートは鳴らさない。この音は……一番緊急性を要する時に使われる。この世でたった一人しか鳴らせないアラートだ」
「それって」
誰?と、エーイチが尋ねようとした時だ。先程まで激しく鳴り響いていたアラートが消えた。そして、次の瞬間。
声が、聞こえた。
≪砦にて最前線に立つ勇敢なるリーガラントの兵士達よ。我が名はジェローム・ボルカ―。リーガラント国元帥である≫
「ジェローム。まさか……アイツ、ここに来てたのか」
「……は?」
ジェローム・ボルカ―。
それはまさに、人間の国を統べる最高司令官。元帥の地位を持つ、若き指導者の声だった。