「エイダ、お前は誰の味方?」
「なぁ、それは『はい』でも『いいえ』でも答えられないから無効じゃないか?」
「そうだね。じゃあ、言い方を変えよう」
頷くことも、首を振る事もしない。そんなエイダにエーイチは確信した。記憶を辿る。辿った先に居る小さなエイダは、しきりにこう言っていた。
——–つまんねーつまんねー!お前、ほんとつまんねー!
——–面白れぇヤツ。
「ねぇ、エイダ。お前は面白い方の味方?」
「ああ!そうだ!」
その答えに、エーイチは肩をすくめた。やっぱりそうだ。エイダには損得勘定がそもそも存在していない。だから、エーイチのように利益を勘定に入れ、理論的に物事を考えるタイプからすれば、一番やっかいでもあった。
ただ、この思考の読めなさは、少しだけサトシを彷彿とした。タイプは違うが、損得勘定を最重要項目に持ってこないあたりは、よく似ている。
「サトシはクリプラントの次期王様のお気に入りだ。だから捕虜にしたら面白いと思った?」
「ああ、思った。クリプラントはどう出る?リーガラントは?戦争が始まる?潰し合うか?色々な未来が横並びに全部同じ確立で並べられる!今後の予想が付かない事が一番面白い!」
「へぇ」
「ま。アイツ自体は……全然面白くないがな。なんで新王のイーサは、あんな面白くないヤツにネックレスを渡したんだろう」
心底不思議そうに呟くエイダを前にエーイチは肩をすくめた。予想の付かない未来を、あぁまで純粋に「面白い!」と言える思考回路はギャンブラーのソレだ。いや、もしくは何にでも興味関心を示す子供か。
「まぁ、イーサもヴィタリックの息子だからな。どっか頭がおかしいんだろ。ヴィタリックも、どっか頭がイカれてたし!」
突然、親し気な様子で口にされた“ヴィタリック”という、逝去されたばかりの王の名にエーイチは思わず目を瞬かせた。
「へぇ。キミってヴィタリック王と友達だったんだ」
「友達?なんだよソレ。ハーフエルフの俺に、エルフの友達なんか居るワケないだろ?」
「……あぁ」
「ただ、ヴィタリックは面白かったからたまに遊んでやってた!アイツは最高に面白いヤツだったぜ!」
心底楽しそうに語ってみせるエイダに、エーイチは少しだけエイダの事が分かった気がした。そう、この時初めてエーイチはエイダに対して共感したのである。
——–ハーフエルフの俺に、エルフの友達なんか居るワケないだろ?
「……そっか」
楽しい事が好き。面白い事がしたい。その為なら、国同士が戦争になっても構わないと思うのは、彼がハーフエルフ故、迫害に晒されてきたからかと思った。根底にあるのは、人間とエルフに対する怒りなのだろうか、と。
でも、どうやら違うようだ。
「そんなヴィタリックの息子が、今度は人間にネックレスを贈った!エルフの王がだぞ?こんな面白い事他にあるか?無いよな!絶対ない!」
「まぁ、確かにそうだね」
「な?ちょうど、ヴィタリックが死んでつまらないと思ってたところだったんだ!俺さ、イーサに一度会ってみたいんだよ!」
私怨に囚われた者は、こんなに明るく笑えない。それは、最下層で商売をしてきたエーイチのよく知るところだ。
「だから、サトシを捕虜に?」
「それもある!あの人間をダシにすればイーサが表に出てくるかなって。ま、戦争になれば嫌でもイーサは前に出てくる事になる。どっちに転んでもいいんだ。俺は」
「あのさ」
「なんだ?エーイチ」
真っ赤な髪の毛が楽し気に揺れた。楽しい事が好き。つまらない事がキライ。まるで子供のようなこのハーフエルフの今回の行動原理は、ただコレに尽きる。
エイダは“つまらない”んじゃない。
「お前。ヴィタリック王が亡くなって、寂しかったんだね」
「は?」
「長年の友達が死んだんだ。それは仕方ない事だよ。でも、だからってこのやり方はあんまりにも非効率過ぎる」
「ちょっ、おいおいおい!エーイチ!お前何言ってんだよ!」
「僕、何か間違った事言ってるかな。違うよね?合ってるハズだよ?だって僕は何でも分かってるんだから」
「いや!全然分かってねーよ!」
それまで楽しそうだったエイダが慌てたような表情でエーイチに詰め寄る。その拍子に、エーイチの真っ黒な目でジと見つめられたエイダは、思わず喉を鳴らした。今度は上手く表情を作れていない。自覚があった。
「だから!ヴィタリックは友達じゃねぇし!アイツはエルフで、俺はハーフエルフだから!ただ、面白いヤツだから、たまに遊んでやってただけで……ヴィタリックも、楽しそうだったし」
「ソレ、友達じゃん」
「いや、だから……」
「ソレ友達だよ。なにお前。嫁にするのも養うのも、愛があれば種族も性別も関係無いなんて言っておきながら、友達は種族が関係してくるの?ワケ分かんないんだけど」
「ぐっ」
痛いところを突かれた。
確かに、エーイチの言う通りだ。ただ、そうなのだが、エイダにとって“友達”は、何故だか“家族”や“恋人”よりも、なんだか自分には縁遠く思えて仕方が無かったのである。