3:幼いヘマは親愛のキスをした。

 

 

「朝だ! おはよう!」

 

 

ヘマタイトの朝は早い。

理由は特にない、子供はやたらと早起きというだけだ。ヘマは誰もいない部屋で、大きな声で挨拶をする。

まぁ、もちろん誰も返事などしてこない。そして、返事がない事などもちろん気にしない。いつもの事だからだ。

 

「そうだ! イシ君!」

 

ヘマは昨日拾ってきた家族の様子を見に家の外へと飛び出した。すると、ガタリと入口が嫌な音を立てた。

 

「あー! 壊れてる!」

 

乱暴に開けたせいで、建て付けの悪かった戸がズレてしまった。また後で修理しなければ。

 

「まだ直せるといいけどなー」

 

ヘマはボロボロの家を見つめながら言った。

両親が居た時はまだ少しはマシだったのに。まぁ、マシだっただけで、元々ボロボロではあった。ヘマの家は昔から貧乏だったのである。

 

「イシ君! ちゃんと乾いてるね! エライよ!」

 

壊れた戸のすぐ脇に、大きな石像が立っている。イシだ。

ヘマは昨日川で洗った石像のイシが綺麗に乾いているのを触れて確認すると、小さな体でギュッと抱きついた。イシは石なのでもちろん固い。決して人間のような柔らかさはない。

 

「よし! 今日からイシ君も一緒に家の中で暮らそうね!」

 

しかし、この石像には格好良い顔があり、手と足が付いている。つまり人の形をしている。

それだけでグッと家族感が増すのだ。両親が死んで、ずっと一人きりだったヘマにとっては、それだけで十分嬉しかった。

 

「イシ君は綺麗な目をしてるねぇ。本当は何色なんだろうね」

 

ヘマはまだまだ自分よりも身長の高いイシと目線を合わせる為、側にあった切り株の上に乗った。

それでもまだまだイシの方が大きい。

 

「イシ君は大きいね。そういえば、イシ君は何歳なの? ……へぇ、もう三十!? 全然そうは見えない! とってもお若く見えますねー! ステキですよー!」

 

これは村に野菜を売りに来るオヤジが、村の女の人達相手に言うセリフだ。あんまり毎回言うモノだから覚えてしまった。

そして、言われた女の人達は同じ事を言われているのにも関わらず、それでも毎回喜んでいる。その為、これを言うと皆喜ぶのだと、ヘマは思い込んでいた。

 

一応、イシの肉体年齢は二十で止まっているのだが、そんなのヘマは知る由もない。

 

「オレも大人になる頃にはイシ君くらい大きくなれるかな? そしたら、オレもサンゴとお似合いになれるんじゃないかな? ね、イシ君もそう思わない?」

 

イシは酷く整った顔立ちをしていたが、その表情はどこか苦しそうだ。眉間に深い皺を刻み、こちらに向かって掌を向けるという、変なポーズをしている。

そのポーズに対しヘマは自分の小さな掌を重ねるようにイシに向かって真正面から手を合わせた。

 

「イシ君は手も大きいねー! 剣も格好良いのしてるし、髪の毛もツンツンしてて格好良い!いいね! エライね! ステキだよ!」

 

ヘマは、そこからしばらく思うがままにイシを褒めた。これは野菜を売りに来るオヤジの真似をしたワケではない。ヘマが“本当”にそう思った事を口にしていたのだ。

着ている鎧や、後ろ髪を束ねた髪留めに至る、ありとあらゆるモノを。ヘマは自身の知りうる“ステキな言葉”を使い尽くして褒めちぎる。

 

「ステキでエライよ! イシ君!」

 

返事はしてくれないし、表情はちっとも嬉しそうには見えなかったが、ヘマには関係ない。目の前に立てばきちんと目が合う。ヘマにとってはそれだけで十分なのだ。

 

「さぁ! これから、イシ君は家族だからね! 毎日おはようって言って起きて、おやすみって言って寝る! ごはんを食べる時はいただきます! さ、入って」

 

入って、と言ったトコロでイシが歩いて入って来てくれるワケではない。ヘマが押して連れて行ってあげないといけないのだ。

ヘマはピョンと切り株から降りると、イシの体を押そうとした。と、同時に思いついた。

 

「あ! その前に!」

 

ヘマはもう一度切り株の上に乗ると、イシの体に抱きつき、その頬に軽くキスをした。

 

「コレは“シンアイのキス”だよ! よくお母さんとお父さんがしてくれた! これで、イシ君も完全にオレの家族だ! じゃあ、部屋に入ろうね!」

 

そう言って笑ったヘマに、イシはともかく眉間に深い皺を刻んで嫌そうな顔をした。