202:サトシの不安

 

 

 カナニ様、俺は全然大丈夫な気がしません。

 

 

「エイダ。本当にお前に任せて大丈夫なんだろうな?」

「大丈夫、大丈夫!さっきジェロームに伝書鳩を飛ばしといたから。そのうち『いつ会う?』って連絡が来るさ」

「……はぁ」

 

 俺は深い溜息を吐くカナニ様を前に、その吐息の色っぽさに耳をそばだてた。どうやったら呼吸だけの演技だけで、あんなに生っぽさが表せるんだ?全然分からん。

 

「何をそんなに心配してんだよ!こっちにはサトシが居るからな!向こうも会わないワケにはいかないだろ?」

「それはそうだが……」

「そこで上手くサトシがジェロームに首脳会談の約束を取り付けてくれるって!なー?サ・ト・シ?」

 

 俺がカナニ様の溜息の色っぽさに耳を奪われていると、突然エイダが俺の肩を叩いてきた。やっぱりエイダの俺に向けてくるその手の強さには、痛みを伴う。分かってはいたが、俺は完全にエイダに嫌われているようだ。

 

「え、いや。そこは、エイダ……お前が」

「はぁ?俺はハーフエルフだし。どっちにもつかねーよ?ただお前とジェロームを会わせてやるだけー」

「……」

 

 あとは知らーん!と真っ赤な髪の毛をフワリと靡かせるエイダに、俺はチラとカナニ様とその隣に座るマティックを見た。いや、さすがに一国の元帥に会う役割が俺一人というのは荷が重過ぎるだろう!

 

「仕方ないか」

「え!?」

「そうですね。そうするしかないでしょう」

「え!?」

 

 なになに!この宰相親子!どうしたんだ!さすがに、首脳会談の約束を取り付ける使者が俺だけって……いやいやいや!待って待って!

 

「無謀じゃないですか!?」

「他に適任が居ない」

「そうですね」

「じゃあ、せめてカナニ様かマティックが付いて来て……」

「使者として遣わされるのに、私達は適任ではない。あまり此方側ばかりへりくだっては、国の威信に関わる。今後の力関係にも大きく禍根を残しかねん」

「それに、あまり数を遣るとリーガラント側も警戒します」

「そうだな、それに……」

 

 それに、と。カナニ様はエイダの方へチラと視線をやった。

うん、呼吸の間の取り方が絶妙だ。さすが中里さん。そんな事ばかり頭の片隅で考えてしまう俺は、もう完全に話し合いに集中出来ていなかった。

 

 いいだろ、現実逃避くらい。好きにさせてくれよ。

 

「エイダからの情報が正しいのであれば、リーガラントが抱える問題はウチと同じだ。そうなんだろ?エイダ」

「そうそ。アッチも相当、文明発展のために何やかんやと土地やら何やら掘り起こしてるからな。もうスッカラカンみたいだぜ?発展と継続には、ともかくエネルギーを使う。それはお前らのマナだけじゃないってこった」

 

 エイダは皆が席に座る中、落ち着きなく部屋の中を好き勝手に歩き回る。それに対し、俺の向かい側の席に座る要人達が三者三様の表情を示した。

 

「なによ。リーガラントの挙兵はただの強がりというワケね!やっぱり人間はいつだって私達エルフが怖いのよ!これは今後の国政の議論を打ち直す必要があるわね。ね?ポルカ?そう思わない?」

「ポルカには難しい事はよくわかりませんが……。私はこの世はソラナの言う通りだと思っているわ」

「かわいい子ね、ポルカ。部屋でうんと可愛がってあげる」

「ありがとう、ソラナ」

 

 可愛すぎる。声も顔も最高過ぎて堪らない。

 ただ、またネックレスで火傷したらイヤなので、俺はソッと目を伏せた。しかし、いつ聞いてもこの声は可愛過ぎだ。推せる。

 

「父上、やはりリーガラント側も同じ病を抱えていましたね」

「そうだな。ただ、向こうは民主国家だ。国民の機運が戦争へと傾いているとなると……なかなか条件交渉も難しかろう」

「他国の内情を、此方側が余り鑑みても仕方がないでしょう」

「マティック、鑑みた上での行動が重要なのだ。政とは自国の影響の及ぼす範囲の輪が大きい。その境界線を見誤るな」

「……心得ました」

 

 もうコッチの親子は何を言っているんだかサッパリだ。

 ただ、声だけ聞いていると完全に闇の組織感が凄い。しかし、この二人の声がセットで聞けるというのは中々豪華極まりないので、意味は分からないが声だけはしっかり耳に入れておこう。

 

 いつか俺もラスボス役が回って来るかもしれないし、なんて。

 

「……」

 

 その中で、俺と話した直後から再び口を閉ざしたイーサが、何やらぼんやりとした目で俺の方を見ていた。そう、さっきからずっとだ。ずーっと俺の事を見ている。

 

「……イーサ?」

 

 思わずイーサの名を呼んだ。何か不安な事でもあるのか?と。口にしてハッとした。それはまるで、俺が金弥を呼ぶ時の声色そのものだった。

 

「俺は、考えたのだが」

「うん」

 

 黙っていたイーサが囁くように口を開く。

 それに対し、それまでザワザワと好き勝手喋っていた他の四人が、一斉にイーサへと目を向けた。囁き声すらハッキリと耳に残る。これは金弥の声で、俺が常に羨ましいと思っていた部分だ。

 

 やっぱり今も羨ましい。良い声だ。

 

「俺が一緒にサトシに付いて行くというのはどうだ?」

 

 その瞬間、場の空気がピタリと固まった。