203:イーサの不満

 

 

「ダメです」

「ええ、ダメですね。何を言ってるんですか。まったく」

「お兄様?どこの国に、使者と一緒にノコノコ付いていく王様が居るの?もう少し考えて発言してちょうだい。ねぇ?ポルカ?」

「私の世界では、ソラナが全部正しいわ」

 

 イーサの提案が秒速で、全員から一蹴された。まぁ、だろうな。

しかしその瞬間、イーサの表情から“王様”の色が一気に薄くなる。不満です!と顔にデカデカと書いてあるその顔は、一気に幼さで彩られた。

 

「まどろっこしいだろう!何故、話し合いをする為の場を設ける為の話し合いが要る?そんな事をしたら、その話し合いを決める話し合いが必要になって、その話し合いの為の話し合いが……ん?」

 

 自分で何を言っているのか分からなくなってきているあたり、完全に部屋であもを抱っこしているイーサが表に現れてきている。おい、王様戻って来い。

 

「国同士の話し合いなんですから、当たり前でしょう。旧友との親交を深める場ではないんですよ?イーサ王?」

「しかし、マティック。クリプラントとリーガラントは友好関係な時代もあっただろう。そしたら、まぁ旧友と言えなくもないではないか?」

「イーサ王?そんな事を言って、貴方はサトシから離れたくないだけでしょう」

「そうだが?」

 

 一切悪びれた様子も見せずにケロリと言ってのけるイーサ。まったく、これはもうマティックも頭が痛いだろう。そう、俺がマティックへと目をやると、その瞬間その口からピシャリとした言葉が放たれた。

 

「却下」

「何故だ!」

「今の発言はイーサ王としての発言とは認めません」

「なんで、宰相のお前が王の言葉を判断する!?不敬だ!不敬!俺は、前回も我慢したぞ!サトシばっかり遠くにやって!最近、俺は全然サトシと一緒に居れないではないか!」

「我儘を言ってもダメです」

 

 最早、目すら合わせずに袖にされたイーサは、まさかのとんでもない事を言い出した。

 

「っ俺は!最近、全然サトシに夜伽をしてもらっていない!もう我慢ばっかりだ!こんな毎日ウンザリだ!」

 

 いやだいやだ!と最早完全にイーサ王の仮面を脱ぎ捨てジタバタとし始めたイーサに、俺は勢いよく椅子から立ち上がった。

 

「おいっ!ふざけんな!イーサ!夜伽なんかしてないだろうが!」

「してる!イーサの種はこれまでぜーんぶサトシにやった!サトシにしかやってない!たくさんだ!もう全部サトシの体はイーサの種でいっぱいになってる!早く次の種をサトシに入れなければ!」

「はぁぁぁ!?ふざけんな!勝手な事言ってんじゃねぇ!」

 

 バタつくイーサに対し、俺は対抗するように机をバンバンと叩いてやった。

 まったく!ある事ない事言いやがって!俺はイーサの……その、処理は手伝ってやったが、それ以上の事はやってない!

 

「ウソつきです!この王様はウソをついてます!あのっ!カナニ様!俺は、夜伽なんかやってませんから!」

「そう言われてもな」

「そんなぁっ!」

 

 カナニ様!自分がヴィタリック王と深い仲だったからと言って、それはない!ネックレスを貰ったら。絶対に夜伽が必要なワケではないだろう!?

 

「おいおい、今更照れんなよ。サ・ト・シ!ネックレスを貰ってんだから、夜伽くらいやってんだろ?あー!ドッチが突っ込むとか突っ込まれるとか言わなくていいから!想像したくねぇし!」

「エイダ!俺の事がキライなのはいいけどなぁ!?そろそろ名誉棄損で訴えるぞ!」

 

 俺が、顔に熱を集めながら言ってやるが周囲からの視線には、どこか生暖かいナニかを含んでいる。テザー先輩なんかは「ベイリー……」と若干ショックを受けているモンだから堪らない。

 

 だから!?俺はベイリーでもねぇよ!ったく、声優とキャラをごっちゃにするファンは、ちょっと一旦立ち止まって冷静になってくれ!

 

「ともかく!俺はイーサの種なんて――っ!」

 

 必死に反論をしようと試みた直後、なんというタイミングだ。声が出なくなった。

 

「――!!」

 

 クソッ!俺が一切取れない顔の火照りを抱えたまま喉に触れると、イーサがその場から立ち上がった。

 

「っ!」

 

 まさか、皆の前でキスなんかしないぞ!俺はそんな気持ちを込めて一歩後ろに下がるが、どうやらイーサはそんなつもりはなかったらしい。イーサはいつの間にか掌に、“あの”透明な飴玉を持つと、俺の方へと投げて寄越した。

 

「サトシ、それを舐めるといい」

「!」

 

 さすがに、イーサも人前で俺にキスを強請ったりはしないらしい。

よかった。その辺の分別はつく年齢まで、精神年齢が上がってくれていて。出会った当初はイヤイヤ期の二歳児だったにもかかわらず、今は……そうだな。中学生男子くらいか?

 

よくぞここまで成長してくれた。大人の子育ては本当に骨が折れた。

 

「ん」

 

 俺は慣れた手つきでイーサから受け取った雨を口の中に含んだ。無味無臭のソレが、いつものように口の中に入れた瞬間に溶ける。飲み込む時、妙に喉にひっかかる感じが、若干昔のカルピスを彷彿とする。

 

「俺はイーサと夜伽なんかしてません!た、種なんて貰ってない!」

「ふーん、サトシはイーサの種を沢山貰ってるぞ?」

「なんだよ!まだ言うか!嘘つきはダメなんだぞ!イーサ!」

「ウソを付いてるのはサトシの方だろう!今だってイーサの種を飲んだではないか!」

「へ?」

 

 今、イーサが俺に向かってビシリと指をさす。

 は?今?何を言ってるんだ、お前は。俺は「今」という言葉に、脳裏に過った嫌な予感に周囲を見渡した。

 

「……え?」

 

 マティックとカナニ様、そしてソラナ姫がどこか「やれやれ」と言った風体で俺を見る。いや、待ってくれ。なんだよその反応。

 

「サトシ。お前、やはり知らなかったんだな」

「テザー先輩?」

「さっきお前が口にしたのは……」

「いや、いいです。もう言わないで」

「……」

 

 俺は完全に全てを察すると、自身の喉に手を当てた。俺はイーサのマナを摂取しないと、喉の麻痺のせいで喋れなくなる。さぁ、俺はあの透明な飴を今までどれ程口にした?

 

「ふーん!もうサトシはイーサでいっぱいだ!嬉しいだろ!」

「っっっ!気色悪い事言ってんじゃねぇ!?」

 

 俺は一気にイーサの元へと駆け寄ると、一国の主である事を忘れて一発盛大に殴ってやった。イーサの、いや。昔からよく聞いていた金弥の悲鳴が耳に木霊する。どうやらとっさの声は、金弥と同じ声色になるらしい。

 

「畜生!こんなの詐欺過ぎだろ!」

「なんで!イーサはサトシに叩かれるんだ!納得いかん!」

「当たり前だろうが!クソ!ボケ!もうお前なんか絶交だ!」

 

 そうやって騒ぐ俺の耳に、エイダの「お前らって、なんかおもしれーなぁ」という安穏とした声が聞こえてきた。は?全然おもしろくねぇよ!!

 

 

 結局その後のグダグダとした話し合いで、俺はエイダと二人でリーガラントへと向かう事になった。

 

 クソ!しばらく絶対にイーサとなんか口利いてんやんねぇ!