229:王様の命令は!

 

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これは、一体どんな状況だ。

 

「では、クリプラントは国を開くという事でいいんだな?」

「ああ、構わない」

「良かった。これで開戦をせずに済みそうだな。なぁ、ハルヒコ」

「……あ、あぁ」

 

 ジェロームとイーサの対談は、コーヒーの香りの立ち込める静かな店内で終局へと向かっていた。

 対談の席に着くのは四人と一匹。

 

「……いや、なんだその愉快な旅の仲間を紹介する時に冒頭で読み上げられそうな文章は。そう、仲本聡志は大声でツッコミを入れたくなる衝動を必死に抑えた」

「ん?サトシ、どうした?イーサに何か言いたい事があるのか?」

「なんでもねーよ」

 

 事もなげに首を傾げて此方を見つめてくるイーサに、俺は溜息を吐くように返事をした。そう、既に終わりに差し掛かったイーサとジェロームの国家会談は先程伝えたように、四人と一匹で構成されていた。

 

 リーガラント側から、元帥のジェロームと、その相談役のハルヒコ。クリプラント側から、国王イーサと、国王のお休みのお供である“あも”……と、あも膝の上に抱えた一介の兵士である“俺”。

 

 計、四人と一匹である。

 

 そして、付け加えるなら、少し離れた席で未だに声にならない笑い声を噛み締めているエイダも描写に加えた方が良いだろう。最早ツッコミが不在過ぎて、俺はもう完全に心が疲弊しきっていた。

 

「……ぅ」

「どうした?ハルヒコ。体調でも悪いのか?」

「……いや」

 

 ジェロームからの気遣わしげな問いかけに、ハルヒコは眉間の皺を深めつつ首を振った。ハルヒコも大分と参っている様子だ。まぁ、気持ちは分かる。

 だって、ハルヒコの席はあもの真正面なのである。しかも、俺が膝の上にあもを置いたせいで、ハルヒコの視線とあもの視線が良い具合に重なってしまっている。おかげで、ハルヒコはふとした拍子にあもと目が合うという、何とも言えない状況を与儀なくされていた。

 

「……ぐ」

「ハルヒコ?」

「何でもない」

 

 本当に、申し訳ない。

 でも、俺だって居たくてここに居るワケじゃないんだ!イーサが無理やり俺をここに座らせてきたんだから仕方ないじゃないか!

 

『サトシ!イーサにも全部しろ!まずは頭を撫でる所からだ!次はあもを喋らせること!』

 

 そう言って元気よく癇癪玉を弾けさせたイーサに、俺も最初こそは断固として横並びに座る事を拒否したが、結局はイーサの思い通りにさせられてしまった。

 

『サトシが言う事を聞かなければ、もうイーサはここで暴れるぞ!いいのか!』

 

 いいわけあるか。

 そのせいで俺は、ジェロームとハルヒコの前でイーサの頭を撫で、挙句の果てにはあもの声で『イーサはすごいよ!世界一大好き!』と言わされてしまったのである。

 

 あの裏声であもを演じさせられた時の、喫茶店中から感じた生暖かい視線を俺は一生忘れないだろう。こうして、無事に癇癪をおさめたイーサは、ジェロームとの会談を粛々と行うに至ったのであった。

 

「よし、丁度良い具合に話し合いを終える事が出来たな。上出来である!」

 

 いや、まぁ“粛々”というには少し語弊があるかもしれない。どちらかと言えば“早々に”の方が表現として正しいだろう。

 そう、兎にも角にもイーサは行動も決断も驚くほど素早かったのである。

 

「凄いな、本当にこの場で大枠が決まるとは思わなかった」

「あぁ、確かにそうだな」

 

 ジェロームとハルヒコの驚嘆に満ちた声に、傍で聞いていた俺も思わず頷かざるを得なかった。顔を微かに隣へと向けると、そこには「疲れた……」と背もたれに全体重をかけるイーサの姿がある。正直、俺もイーサがここまでまともにジェロームと会談が出来るとは露程も思っていなかった。

 

「はぁ?お前達は一体何をそんなに関心しているんだ?互いの到達したい場所は同じなのだ。だとすれば、後はそれに向かって歩むだけの事。何が凄い事がある」

「まぁ、そうかもしれないが……」

 

 イーサの言葉に、ジェロームが撃たれた肩をさすりながら言い淀む。

 そりゃあそうだ。いくら“目的地”が同じでも、そこへ向かう道は数多くあり、選択には大きな代償を伴う。各国の未来を左右する話し合いだ。お互いの“落とし所”を話し合うのが最も大変な作業であるだろうに。

 

「逆にイーサは何も決められない、という結末の方が想像もつかぬ」

 

 それを、イーサはジェロームとの会話で一つ一つ上手くケリをつけていったのだ。

 

「……そうか」

 

 ぼんやりと呟くジェロームを前に、イーサは言いたい事だけ言うと、隣に腰かけるあもをサスサスと優しく撫でた。あもは嬉しそうに笑っている。

 

「いや、それでもこうして今後の方向性が上手くまとまったのはイーサのお陰だ。ありがとう」

「……ふむ、その声で褒められるのは悪い気はしないな。その謝辞、甘んじて受け入れよう。もう一度言え」

「ありがとう。イーサ。キミのお陰だ」

 

 二度目の謝辞を求められ、ジェロームは苦笑しながらも再び礼を口にした。コイツ、本当に良いヤツだな。でも、確かにジェロームの言う通りだった。途中決定が難航しそうな場面は幾度もあった。しかし、その度にイーサは腕を組んで言うのだ。

 

『では、極端な所から一度、結論を想定して考えてみるとしようか』

 

 そう最初に、“完全にあり得ない”結論を想定し、思考実験の如く対話をスタートさせるのである。

 

『では、両国の貿易においてエネルギー資源に対してのみ一切関税をかけない、という結果のもと国政を行った場合を考えてみようではないか。その際に生じるリーガラントの不安要素は何だ』

 

 すると、どうだ。

 理想の答えに向かう道を白紙の状態から模索するより、随分と建設的な意見が、より明確に互いの口から出てくるのである。それは新しい道を一から“作る”より、既にある道を“修正”してく方が随分と楽なのと同じ理屈だ。

 

 極端な例を提示しているお陰もあって、問題点も洗い出しやすい。その中で、イーサとジェロームは互いの妥協点を模索していったのである。

 

「まったく、凄いヤツだよ。お前は」

 

 俺はあもの腹を手で撫でながら呟いた。

 まさか、百年間も部屋に引きこもっていたイーサが、こんな風に場を仕切るヤツだとは思いも寄らなかった。ハッキリ言って感動している。

 

 イーサ、お前本当にちゃんと“イーサ王”をやれているじゃないか。