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「へぇ、部屋の作りは全く同じなんだなぁ」

 

 仕事終わり。午後九時三十分。

 俺は、ジルの部屋に来ていた。

 

「……まずは。シャワーでも借りるかな。いや、巣作りが先?」

 

 そうやって見渡した部屋の隅に、乱雑に置かれたジルの荷物に、俺は思わず苦笑した。

 

「昼休み、珍しく居ないと思ったら……」

 

 どうやら、「巣作り」を提案してすぐに、元居たホテルから自分の荷物を移動させに走っていたらしい。

 

「あんなに格好良いのに、俺との巣作りプレイの為に、大量に汗をかきながら……」

 

 昼休みを終えデスクに戻ってきたジルは、そりゃあもう汗が凄かった。何事かと思ったが、そのままジルも俺も会議に入ったので、突っ込めずに終わってしまったのだ。

 

「ふふ、なんか小学生みたい」

 

 うん、本当にそうだ。

 まるで、夏休み目前の小学生。学校に置いていた荷物を、両手両脇に抱え、炎天下を必死に歩く男の子。ただ、その目は目前に控えた「夏休み」に浮ついている。

 

「……あの子、本当に可愛いな」

 

 たった二個下のアルファを捕まえて「あの子」と言うのはどんなモノかと思うが、自然と零れてしまうのだから仕方がない。

 気持ち悪いけど、可愛い。この感情って同居するんだ、と、俺も新鮮な気持ちになる。

 

「さて、と」

 

 先に巣作りでもするか。ジルもいつ仕事を終えて戻って来るか分からない。

 スンと、部屋の匂いを嗅いでみる。しかし、まだジルはこの部屋で一度も寝食をしていないせいか、ジルの匂いは一切しない。

 

「巣作りって……どうやるんだろう」

 

 ベータの俺には関係のない行為過ぎて、どうやればいいのか分からない。いや、一般的な知識くらいはあるのだ。確か、オメガが番となったアルファの私物をかき集めてしまう行為。

 でも、いざ自分がやるとなると知識不足が否めない。

 

「ネットで調べてみるか」

 

 調べてみた。今はスマホで何でも出てくるから便利だ。

 

「……んん?」

 

 なにやら小難しいオメガの「習性」としの解説が出てきた。いや、こういうのじゃなくて。画像が見たい。視覚的に確認しないと、分からないじゃないか。

 

「だったら、SNSで調べたら出てくるかも」

 

 そうだそうだ。その手があった。

 俺は普段はあまり使わないSNSのアプリを開き「オメガ 巣作り」で検索をかけてみた。するとどうだ。

 

「おぉー」

 

 出るわ出るわ。

 世界中のオメガの「巣」が、大量にサムネイルとして表示される。アカウントへ飛んでみると、十中八九アルファのアカウントだ。しかも「♯俺の(私の)番の巣が一番」という公式のハッシュタグまで付いている始末。

 

「ミンナ、シアワセソウ」

 

 スクロールしながら画像を追っていると、番の巣を前に、ご満悦なアルファの自撮りまで流れてきた。皆して「えっへん。俺の番、かわいいだろ!」と顔に書いてある。

 

「なんか、アルファって……皆かわいいなぁ」

 

 有能で、優秀で、トップで……そういう人達だと思っていたけど、番が絡んだ瞬間、急に偏差値が下がる。そのギャプが可愛さを誘う。

 

—–三久地先輩!俺の作ったプレイリストを見てくれないか!

 

 まるで、お気に入りの音楽のプレイリストを見せてくるかの如く、やってみたいセックスの特殊プレイの表を見せてくるジルに、俺は「可愛い」と思わず口に出してしまった事を思いだした。

 うん、気持ち悪い。

 

 ……俺が。

 

「でも、待てよ。こんなにグチャグチャにしていいのか?」

 

 オメガの巣を見ながら俺はジルの部屋を見渡した。

 

『三久地先輩、部屋のものは……全部好きに使って貰っていいからな』

 

 とは言われているものの。

 

「え?スーツしか、無い?」

 

 そうだ。俺達は先週、急遽沖縄に来たばかりだ。その緊急性と、ジルの性格から鑑みれば分かりそうなモノだが、ジルの持ち物は「仕事」にまつわるモノしか無かった。

 

「いや、こんなの巣に使ったら…シワになるし」

 

 今日のジルは汗まみれだった。巣作りに、数少ないジルの衣類を使ってしまったら、明日着るスーツやシャツが無くなってしまうじゃないか。

 

「……でも、オメガは。オメガなら」

 

 でも、きっとオメガはそんな事考えない。きっと本能でやりたいようにやっているのだ。でなければ、あんなグッシャグシャに服を一箇所に山に出来るワケが無い。

 

「うん。俺は、オメガだ…」

 

 想像しろ。そして、言い聞かせる。

 俺はジルの番のオメガ。ジルの匂いを集めたくて仕方がないオメガ。そう、俺は――。

 

「オメガじゃねぇよ!ベータだよ!」

 

 俺は手にしていたスマホを、ジルのベッドに叩きつけた。

 

「無理!後先考えないなんてむりむりむーーり!」

 

 明日も仕事だ。着るモノが無くなったら、ジルは真夏に同じシャツを着て明日も出勤する事になる。それは衛生的に考えてあんまりだ。そして、そんな男の隣で仕事をする俺も嫌だ。

 

「っていうか、何でジルは私服が一つもないんだ!」

 

—–必要になったら買えばいいかと。荷物になるしな。

 

 俺の頭の中のジルが律儀に答えてくる。そうだな。そうだろうな。ジルはそういう子だ。費用対効果が、基本的に「手間」を惜しむ事に全振りしている。

 うん、有能なアルファにピッタリな考え方だ。

 

「……もう、巣作りはナシで普通にセックスして寝たらいいんだ」

 

 俺はジルの匂いなんて全くしない、シワひとつ無いベッドの上に寝転んだ。

 そうだそうだ。巣作りプレイなら、また別の機会にすればいい。これから、ジルの私服も徐々に増えるだろう。

 

 そう、思うのだが。

 

 

—–シチュエーションプレイというヤツを、やってみたいんだ。

 

 

 昼間の心底楽しそうなジルの声が耳元で聞こえてくる。

 ジルは理性を失わずにセックスを楽しんだ経験が殆ど無い。だから、俺とやる一つ一つが楽しみで仕方がないのだ。アレもコレも。ジルの提案してくるモノ全てが、彼にとってはハジメて。

 

—–あの、三久地先輩。調べてみたら、目隠しも特殊プレイだそうだ。だから、これはもうやったのでチェックを付けようと思う。

 

 そう言って「これからやりたいプレイリスト」のチェックボックスに、笑顔でチェックを付けるジルの姿が、瞼の裏に浮かんでくる。

 

「……かわいい」

 

 耐えきれない本音がポロリと盛れる。

 あぁ、可愛い。さっきもSNSを見て、自分の番の作った巣を、得意気に見せてくるアルファ達を、俺は可愛いと思った。でも、それは「偏差値の下がったアルファ達」を可愛いと思ったワケではない。そう、俺は。

 

「ジルが、可愛いと思ったんだ」

 

 あのアルファ達に、俺は“ジル“を見た。だから、可愛いと思えたのだ。縁もゆかりもないアルファの行為ならば、普通に「う、うわぁ」と、ちょっと引いて終わっていた。

 

「もう、仕方ないなぁ」

 

 俺はベッドから起き上がると、スマホで時間を確認した。もうすぐ夜の十時。ジルもそろそろ会社を出る頃じゃないだろうか。

 だったら、今すぐ考えないと。

 

「下手くそなのがいいって、ジルは言ったけど……」

 

 今の状況だと、下手というより普通に「がっかり」されるだろう。ともかくモノが少なすぎる。状況的に仕方ないとはいえ、それは嫌だ。

 

「満足させたい。ジルに、もとめられたい……」

 

 トイレでの、あのギラついた目をベッドの上でも向けて欲しい。寸止め出来る感動よりも、止められない程のセックスがしたい。

 オメガ程、狂わせる事は出来ないだろうけど。それでも、ベータの自分だからこそ出来る事がある筈だ。

 

「えっと……人の“満足度”が上昇する時はいつだった?」

 

 一つは「予想を上回った時」。コレはどう考えても無理だ。今のこの状況では、どうあってもジルの「予想」を上回れる巣作りは出来そうにない。だったら、もう一つの手を使う。

 

 そう、もう一つは――。

 

「“意表”を突かれた時、だ」

 

 俺はベッドから立ち上がると、ジルの部屋からそそくさと出て行った。