第7話:手紙2

 

 

 

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昨日はお返事ありがとうございます。
今日は元気の良い生徒達ばかりだったので、教室がたくさん散らかってしまいました。
ごめんなさい。

今日も掃除してくれてありがとうございました。
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 嬉しかった。
 気まぐれに置いた手紙に返事が来た事が。
 俺の気持が繋がった事が。

 だから、俺はまた返事を書いた。
 また明日、塾に来るのが楽しみになった。

 

 

 

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返事ありがとうございます。

確かに今日はいつもより教室が散らかっていたような気がします。
でも、これは俺の仕事です。
気にしないで下さい。
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 ありがとう。
 そう締め括られる手紙の最後の文章が、たまらなく俺を頑張らせた。
 だから、柄じゃねぇが少しだけ俺を知ってもらいたくて一人称を『俺』にしてみた。

 柄じゃねぇ、俺のささやかなアピールだった。

 

 

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スタッフさんは男性の方だったんですね。
驚きました。
みんな勝手にあなたの事を『掃除のおばちゃん』と呼んでいるので。
俺だけ秘密を知っているみたいでワクワクします。

いつもお掃除お疲れ様です。
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 “掃除の人”は『おばちゃん』ではなかった。
 字の雰囲気からして、そうだろうとは思っていたが、彼は確かに男性のようだ。
 しかも、予想よりもかなり若い。

 本当に俺だけの秘密ができたみたいで、嬉しくて、ワクワクして。
 また、俺は塾に来るのが楽しみになった。

 

 

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掃除のおばちゃん。
面白いですね。
確かに雷おこしではそう思われるかもしれません。

塾のバイトって大変ですか?
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 どうやら、俺は塾の講師共から『掃除のおばちゃん』と呼ばれていたようだ。
 ウケる。
 確かに手土産が雷おこしじゃ仕方ねぇだろう。

 そういえば、いつもは使わない丁寧語の文章にも最近では大分慣れてきた。
 まぁ、柄じゃねぇのは変わらねぇけど。

 いつの間にか、俺は朝起きるのが辛くなくなっていた。

 

 

———
大変な時もありますが、バイト自体は凄く楽しいです。
高校の時以上に勉強が必要なのが、たまに大変ですが。
それは、俺が馬鹿だから仕方ないんですよね。
スタッフさんは一人で掃除は大変じゃないですか?
寂しくないですか?

いつも教室を綺麗にしてくださってありがとうございます。
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 スタッフさんから質問された。
 俺に興味を持ってくれた事が、本当に、本当に嬉しかった。
 少しずつ手紙の文章が長くなる。

 

 それと同時に、俺達の距離も少しずつ近くなれているような気がしてムズ痒いくすぐったい気持になった。

 だから、俺も質問してみた。

 

 “掃除の人”は一体どんな人だろう。
 どんな顔なのだろう。
 歳は?性格は?

 

 想像すると、どんどん楽しくなる。
 少しだけ予想してみると、この人は俺より少しだけ年上。

 なんだか、そんな気がする。

 

 

 

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掃除は意外と楽しいです。
そんな事を思うなんて自分でも驚きなのですが。
新しいやり方などを発見して色々試すのは、面白いものです。
掃除はむしろ一人でやった方が集中できていいですよ。
だから、寂しくはありません。

人に何かを教えられるあなを、俺は凄いと思います。
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 文章にしてみて、初めてわかる事があるという事を俺はこの時知った。
 文字を書くというのは、それと同時に頭の中が整理される。

 

 あと、気持ちも。
 学生時代ですら、殆ど字を書く事のなかった俺の新たな発見だ。

 

 掃除は楽しい。

 書いて、そして見て、初めて自分がそう感じていた事を自覚した。
 柄じゃねぇとか思っていたが、実は俺は掃除が好きだったらしい。

 

 俺はその事を、この名前も知らねぇコイツに伝えたくなった。
 もっと俺を知って欲しい。

 そして、別の想いも俺の中で同時に育っていった。

 

 もっと、コイツの事を知りたい。

 どんな顔だ?年はいくつだ?
 どんな性格で、何が好きなんだ?

 これは予想でしかないが、コイツは俺より少しだけ年下な気がする。

 

 俺の予想でしかねぇがな。