第12話:電話

 

 

 

 頑張ろう、頑張ろう。

 本村洋は自分にそう言い聞かせ、毎日塾に通った。

 

 依然として予習は大変だし、有岡講師からは毎日のように忠告と言う名の嫌味を受けた。

 しかし、洋は毎日受け取る手紙で、己を奮い立たせ毎日を過ごした。

 いつか有岡講師にも認められ、一人前の講師として生徒の前に立つ自分を夢みて。

 

 

「洋せんせー!私明日先輩に告白してくる!もう当たって砕け………たくないけど頑張る!」

「そっか!やっと決意したかー!頑張れよ!先生も応援してっから」

「うん…!だめだったら先生慰めてね!」

「はいはい、英語で慰めてやるなー、先生が」

「あはっ!せめて日本語で!」

「……まぁ、告白もいいけど、もうすぐ中間なんだから勉強もやってこいよー!」

「わかってるって!告白が上手く行ったらねー!」

「ちょっ!とりあえず中間も絶対頑張れよ!?」

 

 

 

「あー!ひろぽん!俺さぁ、えーごの訳でわかんないとこあんだけど!おしえてー」

「おまっ!ひろぽんって。お願いだから先生呼びしろよ。んな、アホみたいなあだ名マジやめて」

「ごめん!とりあえずひろぽんえーごの訳おしえて!」

「……お前自分で考える気ないだろ…」

 

 

 

 

「先生!俺、志望校判定Bになってた!」

「お、すげーじゃん!あぁ、このままいくとお前、俺より何ランクも上の大学にいっちゃうなぁ!」

「大学入ったら、俺も講師としてこの塾来るから!」

「おぉ、頼りにしてるぞ未来の同僚!」

「だから先生、来年も絶対ここ居てくれよ!」

「わかってるっつの!誰が辞めるかよ!」

「約束だからな!先生!」

 

 

 

 

 本村洋は毎日バイトに入っていた。

 理由はお金が足りないという金銭面が一つ。

 加えて、固定の生徒が受験のため塾に来る回数が増えた事が一つ。

 

 しかし、最も洋を塾へ足を向かわせたもの。

 それは名も知らぬ相手との手紙のやり取りだった。

 

 塾に行けば彼と手紙で会う事ができる。

 そう思うと、洋の足は自然と塾へ向いた。

 

 毎日授業に入る人間というのは本当に珍しく、学生という括りの中で、その偉業をやってのけているのは洋ただ一人だった。

 

 そうすると、自然に生徒達とも会う回数は増える。

 洋は講師1年目で生徒全員に当たった事があるという、新人講師にしては考えられない状態になっていた。

 徐々に徐々に、塾の中で洋の存在が大きくなっていく中、塾長も他の講師達も、洋の頑張りを凄いものだと感心してみていた。

 

 だが、そんな中。

 それを快く思わない講師が塾内に一人だけ存在した。

 

「本村先生、あなたは本当にわかっていますか」

 

 有岡講師。

 彼の洋に対する忠告は日増しに、忠告という域を超え始めていた。

 

「こないだも言ったように、本村先生は少しのぼせあがっているんじゃないですか?」

「そんな、違います。俺はただ、あの状態の彼をほっとくのは危ないと思って」

「まったく、本当に貴方と言う人は何もわかっていないようですね。あの時、彼は私の担当だったんです。横から口を挟むなんて……非常識にも程がある」

「それについては本当に申し訳なかったと思っています。けど、あの時の彼の顔色は本当に辛そうでした!あれはキチンと塾長に報告して……」

「はぁ…本当に…どこまで非常識なんだか」

「…っ」

「のぼせあがった傲慢なキミでも、もう少し上下関係というものを考えてもらいたいな」

「………それは」

「黙りなさい。キミはやはり……痛い目を見ないとわからないようだね」

「……え?」

「失礼、時間が押しているので私は先に失礼しますよ」

 

 

 本村洋はそう言って去って行った有岡講師の背中を見ながら、先ほどの言葉を反芻した。

 

 “痛い目を見なければわからない”

 

 何故か、そう最後に吐き捨てるように言われた言葉が、洋の耳から離れなかった。

 どう言う意味なのか、全くわからなかったが、洋は何か、良くない事が自分の身に降りかかってくるような。

 そんな嫌な予感が背中に張り付いて、取れる事がなかった。

 

 そして、その日。

 

 

 

 匿名の保護者から、塾にある一本の電話が入った。