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田尻さん、ごめんね。
今、自分のスマホが無いので、優雅君のスマホからメッセージを打ってます。
優雅君から聞いたよ。
ちゃんと東京で一人暮らし頑張ってるんだってね。
色々大変だろうに、えらいね。
ダンスのレッスンは大変だと思うけど、田尻さんならきっと大丈夫。
と、色々書いたけど、最初に言わないといけない事をまだ書いてませんでした。
去年は突然、お店を閉める事になってごめんなさい。
ビックリしたよね。本当にごめん。
しかも、その後連絡もせずに、急に居なくなって。
三年間、ずっと働いてくれていた田尻さんに対して、とても失礼な事をしてしまいました。
いくら謝っても許してもらえないかもしれない。
本当にすみませんでした。
でも、もし田尻さんが許してくれるなら、また俺のコーヒーを飲みに来てくれませんか。もう、金平亭はないけど、今はコーヒーブルームで働いているので、俺が淹れます。
あ、もしくは優雅君の部屋でも大丈夫です。
多分、ブルームだとあまりゆっくり出来ないかもしれないし、優雅君の部屋なら広いのでゆっくり出来ると思います。
田尻さんの好きなコーヒーを淹れるので、ぜひ。
長くなってごめん。
ひとまず、伝えたい事はそれだけです。
田尻さん。東京で一人、大変かもしれないけど、あまり無理しないで。
でも、頑張ってね。
青山 霧
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「……っはぁ」
少女はスマホに送られてきた、長い、ながーいメッセージを読みながらペットボトルに口を付けた。まだ五月。まだ物凄く暑いワケではないのに、妙に顔が熱い。ダンスをしているワケでもないのに、汗までかいてきた。
「もー。私の方がマスター歴は長かったのにぃ」
あと数分もすれば、また次のレッスンが始まる。それまでにあともう一回、いや二回はメッセージを読み直せるだろう。
そう思い、彼女は、もう一度スマホの中のメッセージをジッと見つめた。でも、何度読んでも結果は同じ。
「いつの間にか名前呼びだし!いつの間にか家にも行くようになってるし!……なのに、私は田尻さんのままだし!」
そのメッセージの不満点は上げればキリがない。でも、少女が一番気になったのは〝寛木君〟から〝優雅君〟へといつの間にか呼び名が変わった事でも、当たり前のように〝優雅君の部屋〟という言葉が出てきている事でもなかった。
彼女が、一番ムカついていたのは――。
——–
ちゃんと東京で一人暮らし頑張ってるんだってね。
色々大変だろうに、えらいね。
——–
「もー!えらいねって!!私ばっかり、いーっつも子ども扱い」
大人扱いして欲しかった。
苗字呼びではなく、名前で呼んで欲しかった。
何かあったら自分にも相談して欲しかった。
「後から来たゆうが君にばっかり甘えて……!結局、ゆうが君にますたーを取られちゃった……」
呟きながら、少女はメッセージへの先に居るであろう二人を思う。
でも、どんなに悔しがっても仕方がない。だって、彼女の〝やりがい〟はダンスにしか向けられないのだから。
「ゆうが君はずっとますたーが一番だったもんなぁ」
そんなの勝てっこない。そして、彼女はそもそも戦おうとも思ってない。
「だって、ますたーの一番は金平亭で、私の一番はダンスだったし」
お互いに別の〝一番〟を持っている人間じゃ、相性が悪すぎる。
「……あーぁ、私の青春、さよならー」
「何やってんの、ミハル!レッスン始まるよ!」
「はーい」
気付けば、休憩時間は残り一分も無くなっていた。
そろそろ、レッスンに戻らないと。また先生に怒られる。少女は呼びに来てくれた同期の後ろをついて走りながら、十六歳だった自分がコロリと落ちた彼の笑顔を思い出した。
——–田尻さん、その髪の毛可愛いね。凄く似合ってる。
「……コーヒーなんか苦くてほんとは苦手だったのになぁ」
田尻ミハルは、別にコーヒーが好きではなかった。
ただ、彼女はバイト先のマスターが好きだった。
でも、今は――。
「ますたーのコーヒー、楽しみだなぁっ」
普通に、コーヒーも嫌いじゃなかった。