また、この光景だ。
「ルー、プ……無事、か?」
「あぁっ、カミュ……カミュ、喋るなっ!セゾニアっ、カミュがっ……カミュの血が止まらないっ!早く回復してくれ!」
「わかってる、わかってるけど……!」
まただ。またカミュが俺を庇って血を流している。
セゾニアが俺の隣で必死に回復魔法をかけてくれているが、流れ出る血は一向に止まる気配を見せない。セゾニアの横顔は、もうカミュが助からない事を分かっているようで酷く辛そうな表情を浮かべている。その姿も、もう見飽きる程に見てきた。
「あ、ぁ……かみゅ」
ドクドクと血を流し続ける傷口に、俺は震える手でソッと触れた。流れ出る血が、燃えるように熱い。カミュの首筋から胸にかけて入った切り傷。それは、俺がカミュと隠れてセックスをする度に舐めていた、あの痣の場所に違いなかった。
「ループ、無事で……良かった」
「っぁ、ぁ……カミュ」
九十九回目も、また同じルートを辿ってしまった。
「ループ、諦めなければ……運は必ず、巡ってくる。だから諦めるなよ」
「っ!」
いつもの、カミュの最期の言葉に息が止まりそうになる。何度繰り返してもこの時だけは慣れない。この言葉が出たら、もう終わりだ。
「あ、あぁぁ」
視界が揺らぐ。カミュの顔さえ見えなくなる。すぐ隣で回復魔法をかけていたセゾニアの柔らかい光が消えた。もう、これ以上は無駄だと判断されたのだ。いつも、何回繰り返してもそうだった。
「あ゛ぁぁぁっ!……かみゅっ、かみゅっ!」
俺はカミュに抱き付きながら、これでもかというほど泣いた。これも九歳の時と同じ。あの時も、俺はこんな風に蹲ってワンワン泣いたのだ。
もう、嫌だ。なんで何回やり直してもカミュはこんな風になってしまうんだ。カミュ、カミュ、カミュ。
「……ループ、おれ」
「カミュ!?」
微かに声が聞こえた。ハッとしてカミュの方を見ると、苦悶に滲むカミュの姿があった。
「しにたく、ねぇよ」
直後、カミュの呼吸は止まった。握り締めていた手には力はなく、残っていた温かさすら消えていく。
カミュが、死んだ。
「……カミュ」
でも、今回はいつもと違った。死にたくない、とカミュが言った。今まで一度も言った事のなかった言葉だ。
「そう、だよな」
「……ループ?」
隣からセゾニアの苦し気な声が聞こえる。悲しいのは俺だけじゃない。わかってる。わかってるけど……でも、俺はそれどころでは無かった。
俺はバカだ。死にたくない、と。そんな当たり前の事をカミュの口から直接聞いてやっと気付くなんて。
——ループ、お前は最高だなぁっ!
カミュがいつもそんな風に言ってくれていたから、バカな俺は勘違いしていた。「お前が無事で良かった」なんて、その言葉に甘えていた。カミュは俺の事が大好きだから、こうなる運命を受け入れているんだって。
「そんなワケ、ねぇのに」
誰もが、自分の命が一番大事だ。死にたいワケがない。自分だけが死んで、仲間達だけが先に進む。未来に進めず置いていかれる。そんなの嫌に決まってるだろ。
それなのに、俺は九十九回もカミュを死なせてしまった。いや、小三のあの頃から数えるとその倍だ。
そう、俺が——。
「……カミュを殺した」
「っループ!それは違うわ」
「違わない、俺が殺したんだ」
セゾニアが俺の肩に触れようとする。優しい言葉で慰めようとしてくる。自分も悲しいのに。他の仲間もそうだ。みんな良いヤツだ。俺が一番カミュと仲が良かったから、まずは俺の悲しみを最優先に考えてくれている。
あぁ、感謝しなきゃ。これまで本当にありがとう。みんな良い仲間だったって、一人一人に伝えたい。
でも、今はそんな事をしている場合じゃない。
「——俺、今度こそカミュを助けられる気がする」
「え?ループ、あなた何を……」
「ループ、よせっ!」
「ウソっ、なんでっ!」
俺はそれだけ口にすると、周囲から聞こえてくる仲間達の声を無視し、呆気なくこの世界を切った。
九十九回目のカミュ救済の旅も、もあえなく失敗に終わったのである。