8:カミュを見捨てた

 

——ループ、おれ。しにたく、ねぇよ。

 

 カミュは死にたくないと言っていた。そんな言葉を聞いたのは前回が初めてだ。いや、でも普通に考えれば当たり前の事。人間、誰だって死にたくはない。

 

「よし、今回こそは絶対に大丈夫だ」

「どうした、ループ!何だか機嫌が良いみたいだな!」

「っあ、カミュ!」

 

 今は、記念すべき百回目となるカミュ救済の旅の途中である。つまり、俺とカミュの付き合いも早いもので、百年以上経過したというワケだ。

 

「ご機嫌ついでに、ループ!俺と一戦やらないか?」

「うん、やろやろ!」

 

 いつものように輝くような笑顔で話しかけてきたカミュに、俺はぴょんとその場から立ち上がった。大好きなカミュからの誘いを、断わるワケがない。すると、そんな俺達の隣で、荷物の整理をしていたセゾニアから声がかけられた。

 

「ちょっと二人共、この辺はモンスターも多いんだから、早めに切り上げて帰ってきなさいよ」

「まったく、セゾニアときたら野暮なヤツだな。行く前から二人の最高に熱い時間に制限をかけるなんて」

「なんですって!?」

「さぁ、早く行こう!ループ」

 

セゾニアからの言葉を背中で聞き流しながら、俺はカミュからガシリと肩を抱き寄せられた。カミュの体はいつだって燃えるように熱い。

 良かった、カミュはまだ生きてる。

 

「ループ、俺はお前と剣を交えてる時が一番楽しいぞ!お前はどうだ?」

「うん、俺もカミュと一緒に居る時が一番楽しい!」

「そうかそうか。だったら、俺達は同じ想いを抱き合っているという事だな!」

「いや、それは違うよ。カミュ」

「は?」

 

 カミュの驚きに見開かれた瞳が、ジッと此方を見つめている。

 俺にとって、カミュは生まれて初めての仲間で、百年以上の長い付き合いだ。それに、何度も命を助けてもらったし、何度も「愛してる」と言って抱き締めてもらった。だから、俺は凄く大切な事を忘れていた。

 

「俺の方がカミュのこと好きに決まってんじゃん」

「っ!」

「カミュ、大好きだ!」

 

 〝この〟カミュにとっては、ループ(俺)なんて、出会って一年にも満たない付き合いの浅い仲間の一人に過ぎない。

 カミュが俺にだけ最高の笑顔を向けてくれるから、俺の事を命がけで守ってくれるから。すっかり忘れてた。

 

「なぁ、ループ。お前は本当に可愛いな。最高だよ」

「っン、っふぅ」

 

 皆から見えなくなった所で、カミュが噛みつくようにキスをしてきた。今回も、カミュから愛の告白をしてもらえた。一回目の時は、カミュと恋人同士になりたいなんて欠片も思っていなかったのに、今では告白して貰えるのがとても嬉しい。

 

「っはぁ、っぁ……カミュ……ひもちぃ。もっと」

「ループ……はっ、まったく堪らないな」

 

 俺はカミュの事が大好きだ。

 それなのに、子供の頃はたった百回で諦めてしまった。でも、それだけだったらまだ良かった。

 

「~~~っん、んっぅ!」

「……ん、っン」

 

 百回目のカミュの死を見届けた後、俺はゲームを切らなかったのだ。そして、ちゃんとエンディングを見届けた。

 

「はぁっ、ループ……愛してる」

「っ!」

 

 カリギュラ2が出た時には、2もプレイした。3も4も……最新作まで、しっかり全部。そう、リメイクが出るその瞬間まで、俺は「カミュ」の死を風化させてきたのだ。あれだけ大好きだったのに。あれだけ泣き喚いたのに。

 

「カミュ……っひぅ、ぅ」

「ループ?」

 

 俺は視界がボヤボヤになる中で、カミュの体にギュッと抱き着いた。カミュの体が熱い。ぽかぽかしてる。でも、最後にはいつも冷たくなってしまう。

 

「泣いてるのか?どうした、どこか痛むのか?」

「カミュ、あの……あのな、俺っ」

 

 リメイクされた初代カリギュラをプレイして、俺はやっと理解した。カミュの死に際に放ったあの言葉の〝本当の意味〟を。

 

——ループ、諦めなければ……運は必ず、巡ってくる。だから諦めるなよ。

 

 あれは、カミュからの「俺を助ける事を諦めないでくれ」というSOSだったのだ。それなのに俺ときたら、カミュを諦めて、カミュを忘れて、カミュを置いて、一人だけ先に進んでしまった。俺は、初めての仲間をアッサリと見捨てたのだ。

 

「俺は……最低なやつだ」

 

 込み上げてくる後悔と苦しさに、再びカミュの胸に顔を押し付けた。俺が泣いていい立場じゃないのは分かっているけど、どうしても止められない。

 熱の籠ったカミュの体。力強く響く心臓の音に、俺が目を閉じようとした時。俺の顔は、カミュによって無理やり上を向けさせられていた。

 

「なにを言う、ループ」

 

 揺らめく視界の先には、太陽の光を背にキラキラと光る赤毛を靡かせたカミュの姿が見えた。泣いていたせいで、その表情まではよく分からない。

 

「ループ、お前は最高じゃないか」

「ち、ちがう」

「……違わないさ。この俺が言うんだから間違いない」

 

 痺れるような低く甘い声で告げられた言葉に、俺は再び決意した。

 百年間、カミュはずっと俺の事を守ってくれた。大切にしてくれた。だったら、いい加減覚悟を決めないと。

 

「カミュ、今度こそ……お前が先に進む番だよ」

「え?」

「大丈夫だ、絶対に次こそ。お前を未来に連れて行く!」

 

 カミュは死にたくない。

 でも、カミュは俺を庇って死ぬ。だったら、庇う相手が先に居なくなればいい。

 これは、そういうシンプルな話だったのだ。それなのに、俺は自分の我儘を通そうとしたせいで、酷く話がややこしくなってしまった。

 

「ループ、まさかお前……」

「ん?」

「い、いや、なんでもない」

 

 思い出せ、この旅の目的は「カミュの救済」だ。

 カミュ、確かにお前の言う通りだったよ。諦めなかったお陰で俺にもやっと運が巡ってきた。なにせ、俺がずっと諦めきれなかった「カミュと一緒に先へ進む」が無理なんだと、百回目にしてやっと気付く事が出来たんだから。

 

「カミュー、ループ!どこに居るのー?そろそろ出発するわよー!」

「うわ、セゾニアだ!カミュ、早く行こう!」

「あ、あぁ」

 

 戸惑うカミュの手を取り仲間達の元へ走りながら、俺はなんとなく感じた。今回は、絶対に上手くいく、と。