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遠くで、声が聞こえる。
「ループ、ループ……なんでっ!どうしてっ、こんな!」
いや、本当はとても近くで響く声なのだが、何やら意識がぼんやりして壁を一枚隔てた先の声みたいに聞こえる。どうにか返事をしてやりたいのだが、どうにも、声は出せそうもなかった。
「セゾニアッ、早くループを回復しろっ!」
「してるわよ!してるけど……っ!」
いくらセゾニアでも無理だ。だって、エクスカリバー(光の聖剣)で頸動脈を掻き切ってやったんだから。でも、何故だろう。即死じゃなかった。まぁ、俺の事だ。切る場所を間違ってしまったに違いない。……っていうか、頸動脈ってどこだっけ?
「ループっ、しっかりしろ!頼むから俺を見てくれっ……!」
「っぁ、ぅ……っぅ」
あぁ、もう。こんな事なら今までみたいに、すぐ傍の崖から落っこちてやれば良かった。こんなの無駄に苦しいだけだ。でも、崖から落ちようとした俺を助けようとして、カミュまで落ちたら元も子もない。
うん、少し苦しいのくらい我慢しないと。カミュは、いつももっと苦しかった筈なんだから。
「おい、セゾニア!?なんで回復を止める……?」
「……」
あぁ、まさかセゾニアのこの表情をコッチ側から見る事があるなんて思いもしなかった。なんか、不思議な気分だ。
「あ゛ぁぁぁっ!ループッ、ループっ!」
カミュが喉を潰さん勢いで俺の名前を叫び散らしている。いつも以上に声が大きい。ここまで大声で叫ぶカミュは初めて見るかもしれない。
「なんで、どうしてだっ!ループっ……なんで、こんなっ……急に!」
なんで?どうして?急に?
いいや、違うよ。カミュ。俺のコレは「フラグな死」なんかじゃない。本当は百年前からずっと考えてきた事だった。
「俺の筈だろ……?ずっと決まってたじゃないか……あ、きらめてたのに」
別に、世界はカミュを殺そうとしてたんじゃない。
敵の狙いはいつだって光の聖剣(エクスカリバー)を扱える「勇者ループ」だった。だから、俺を殺しに来る相手に、俺が死ぬところを見せればそれで全部解決する。
まぁ、勇者の居なくなった世界がどうなるかなんて分からない。しかし、カミュの未来だけは救う事が出来る。
「なんだよ、これ。こんな……ずっと望んでいた、事だったのに……なんで。おれは、どうして……こんなに、耐え難いんだ」
うわごとのように紡がれるカミュの言葉を聞きながら、霞む視界で真っ赤な髪の毛が揺れるのを見た。俺の傷に触れ、必死に血を止めようとしていたカミュの視線が、俺へと向けられる。
「ループ、俺は……まさか」
「っ!」
既に消えかかる意識の中、俺は思わず息を呑んだ。
「おまえを、最初から……あいして、いたのか?」
俺が最期に見たのは、一切の感情を消し去ったカミュの姿だった。
こうして、記念すべき百回目の世界で俺は無事に大好きなカミュを救済する事に成功したのだった——
——あれ、俺は本当にカミュを救えたのか?