11:100のループ

 

「なぁ、カミュ!カミュ!」

 

 今日も今日とて、ボケ面の勇者はのこのこと俺の所へ駆け寄ってくる。そりゃあもう嬉しそうな顔で。

 

「ん、どうした。ループ!」

 

 顔を上げると、そこには予想通りの笑顔と、頭上に「100」という数字を掲げるループの姿があった。数字の隣には何故か星マークが付いている。

 一度目の出会いから、ずっと変わらない。飽きるほど見飽きた光景だ。

 

「あの武器屋に、すっごいカミュに合いそうな剣があったんだ!買いに行こう!」

「いや、俺の剣は前の街で買ったばかりだろう。まだまだこの剣は現役だぞ!ほら、見てみろ!」

 

 腰に差したまだ真新しい剣を見せながら言うと、ループは俺を見つめたまま首を横に振った。

 

「いや、あっちの方が絶対良かった!ほら、行こう!」

「おいっ、ループ!」

 

 ループは俺の腕を掴むと、そのまま勢いよく走り出した。これも、何度も見た光景。どういうワケか、ループはやたらと俺の装備品を買い替えたがる。行く先々で新しい装備が見つかると、買ったばかりの装備品を売り払い新しいモノを寄越してくるのだ。謎過ぎる。

 

「ループ、俺のはいいからお前の剣を新調したらどうだ。もう随分古いじゃないか!」

 

 うるせぇからアッチに行け。俺に近寄るな。お前の顔なんか見たくもねぇんだよ。

 と、言ったつもりだったのだが。俺の言葉は何かに支配されているように俺の意志をそのまま告げてくれない。

 

「んー、俺のはまだいいよ。それよりさ、あっちの防具屋にも良い盾があったんだ!それも買おう!」

「待て待て、そんなに買う金は無いぞ!」

「大丈夫!金ならある!」

 

 いや、それはお前のポケットマネーだろうが!というツッコミは俺の口を吐いて出る事はなかった。ループが「早く!」と俺の腕を更に強く引っ張ったからだ。

 これはもういくら止めても聞かないだろう。いや、そんな事は最初から分かっていた。もう何度も繰り返してきた行為なのだから。

 

「ループ、お前は本当に俺贔屓だなぁ?」

「ああ、俺は昔からカミュ贔屓だ!だから、絶対アレを買う!」

 

 昔って。〝この〟ループと俺が出会って、まだ三カ月程しか経っていない。本当に調子の良いヤツだ。でも、別に俺にだけ特別ってワケじゃない。ループはどんなヤツにも同じような感じだ。

 さすがは〝勇者様〟。神々しくて目が潰れそうだ。……クソ、むしろ潰してくれよ。

 

「ははっ、これはまた俺がセゾニアに叱られるなぁ」

「俺が好きで買ったって言うから大丈夫だ!ほら、早く早く!」

 

 それでも、毎度キレられんのは俺なんだよ、このバカが。俺はそういう役回りなんだ。

しかし、ループの頭上に堂々と掲げられる「100」という数字に、俺は再び肩を竦めるしかなかった。

 この数字はループに出会った瞬間、様々な人間の頭上に見えるようになったモノだ。蘇る過去の記憶の副産物なのか、それとも別の何なのか。俺にはよく分からない。

 

「……100って、チョロ過ぎかよ。コイツ」

 

 思わずボソリと口を吐いて出る。

 数字が表れる理由は分からないが、この数字が示すモノが何なのかは理解している。この数字は——。

 

「あの、そこの赤毛の御方!」

「ん?」

 

 どこからか、若い女の透き通るような声が聞こえた。その声に、それまで前だけ向いて走っていたループの動きがピタリと止まる。

 

「カミュ、あの女の人が呼んでる」

「いや、別に赤毛なんて俺以外にも……」

「あの、少しだけよろしいですか?赤毛の御方」

 

 どうやら俺で合っていたようだ。いつの間にか、俺のすぐ隣には見知らぬ女が立っていた。陽の光に映える栗色の髪が背中でふんわり揺れ、健康的に紅潮した頬が彼女の素朴な美しさを際立たせている——うん、良い女だ。

 そして、女の頭上には「65」と言う数字が掲げられていた。ループと違い星マークは付いていない。

 それにしても、初対面にしては高い数値だ。いいじゃないか!

 

「なんだ、俺に何か用か?」

「あの、えっと」

 

 頬を染めつつ、女は上目遣いで控えめな調子で言った。

 

「あ、あの……急にすみません。す、素敵な赤毛ですね」

 

 来た、コレ。完全に俺の事狙ってるヤツだろ。

 胸もデカい。ケツも十分。うん、ヤりたい。今晩はこの女と過ごすのはどうだろうか。うん、そうしよう!

 

 そう、思うのだが。

 

「ああ、この髪は俺も気に入っているんだ。で?」

「っあ、えっと。その……私、この街の酒場で働いているんですが、もしよかったら今晩店に——」

「すまんが、俺は酒は飲まん!」

「っへ」

 

 俺の意志に反して動く口が、勝手に女の申し出をすげなく断る。いつもの事だが、本当に腹が立つ!頼むから、俺の思った事を言わせてくれ!

 

「でしたら美味しい食事を用意しますので、是非」

「ほう、それはいいな!それなら、今晩の飯屋はアンタの店も候補に入れておこう!」

「っうれしい!」

 

 俺のクソみたいな返事にも、女は引き下がろうとしない。頭上に掲げられた「65」という数字から察するに、どうやらこの女は俺の顔に惚れ込んでいるらしい。良いじゃないか。こういう女は、一夜の関係にもってこいだ。

 

 おら、名前の一つでも聞いとけ!俺!

 

「しかし、だ。それにしても、その服はどうなんだ?」

「え?」

 

 おいおいおいおい!止めろ!それ以上言うな!

 しかし、悲しいかな。俺の必死の静止は、不条理なこの世界の仕組みによってえらく簡単に書き換えられた。

 

「もうすぐで乳が見えそうじゃないか!もっと布のある服を着たらどうだ!風邪を引くぞ!」

「っっっ!」

 

 次の瞬間、俺の耳にスパン!という風切り音と共に、痺れるような痛みが頬に走った。

 

「最っ低!」

「っい、てぇぇ!」

 

 痛む頬に手を添えながら、こちらに背を向ける女の頭上に目を向けると「65」だった数字が、一気に「25」まで下がっていた。

 いや、一気に下がり過ぎだろ!?あぁ、畜生。マジで最低だっ!

 

「カミュ、大丈夫か!?」

「あ、あぁ」

 

 先ほどまで隣で大人しくしていたループが、俺の顔を覗き込んでくる。本当に、何度見てもコイツは何の特徴もない。気を抜けば容易に記憶から消えてしまいそうな顔だ。

 

「あれしきの攻撃など何てことない!」

「でも、頬っぺたが真っ赤だぞ?凄く痛そうに見えるけど……」

「確かに、あれは良い一撃だった」

 

 心配そうな表情を浮かべるループの頭上には、相変わらず星マークと数字の「100」が見える。

 

 そう、この数字は俺への「好感度」だ。何故かループにだけ星マークが付いてはいるものの、この世界の全員に見える。

 ループと出会った瞬間に与えられる、いらん能力の一つだ。

 

「どうやらあの女、見た目によらず腕の筋肉が凄まじく鍛えられているようだ。さすが、酒場で働いてるだけの事はある!あの女、鍛えればきっと良い女戦士になるだろうな!」

「へぇ、パッと見はそうは見えなかったけど……後で仲間になってくれるように誘ってみようか?」

「いいや、それはやめておこう。突然他人に殴りかかってくるようなヤツはセゾニアだけで御免だ。俺はあんな格好で風邪でもひきやしないかと心配しただけなのに」

 

 いや、あれは完全に俺が悪いだろ。

 何回も繰り返してきたやり取りに、いい加減俺だって学んでいる。しかし、俺の口はずっと「一度目の俺」のままだ。女心なんてまるで分からない、脳筋なんて呼ばれていた。ただ強くなる事を目指していた、あの頃のまま。

 

「うーん、少しでも強い仲間が増えればこれから心強いかなって思ったけど……でも、確かに寒そうな格好だった」

「ループもそう思うよなぁ?このままじゃ風邪引くぞ、あの女!」

「あはは、カミュは優しいなぁ。ほんと良いヤツ!」

 

 何がどうなったら、この流れで俺が「優しい」になるのか。ループは顔だけでなく性格もボケだ。ボケッとしたぼんやりした顔に、性格もボケ。

 ボケボケボケボケ野郎だ!

 

「なぁ、カミュ。そろそろ武器屋と防具屋に行こう」

「っはは、わかったわかった!そう焦るな!」

「だって誰かに買われて無くなるかもしれないだろ!あれは、カミュのなのに!」

 

 いや、まだ買ってねぇんだから俺のじゃねぇわ。ボケ。

 ループの俺に対する「好感度」は、出会った頃からずっと「100」だった。さっきの女の「65」ですら、相当な惚れ込み具合だったのに。しかも、「100」というのは、好感度の最高値だ。これ以上はない。

 

「カミュ、急げ急げ!」

 

 ループに引っ張られる手を、俺は振り払う事も出来ないまま、ただただ徒労の人生を繰り返す。こんなどうでもいいボケに好かれて、俺はいつまで終わりのない無意味な人生を繰り返すのだろうか。

 

 あぁ、なんて不条理なんだろう。