12:ボケのループ

 

「……あぁ、不条理だ」

「ん、どうした?カミュ」

「いいや、何でもないさ!行こう、ループ」

「うわっ」

 

 そう言って、つい先ほどまではループに手を引かれていた俺が、一気に追い越し先を走る。俺の意志じゃない。体が勝手に動いてしまうのだ。

 ループに出会うと、俺は俺じゃなくなる。全部このボケ勇者のせいだ。

 

『このモンスターの群れを倒したヤツが居るって!会いたい!ソイツはどこに居る!?』

 

 村をモンスターの群れから救ってくれたヤツが居ると聞いて、俺はワクワクしながら走り出す。そして、俺はループに出会う。

 

『っ!』

 

 その瞬間、俺の知らない記憶が雪崩のように押し寄せてくるのだ。そして、当たり前だが混乱して、何がなんだか分からなくなる。しかし、それも束の間。

 

『俺の名前はカミュという!お前、強いな!最高じゃないか!!そうだ、村を救ってくれた礼と言ってはなんだが、俺もお前の魔王討伐の旅に同行させてくれ!』

 

 この世界は、俺の理解や納得や同意など、欠片も求めちゃいない。

 アホ面の勇者の前で、心にもない感謝を述べ、握手と旅の同行を求める。細かい時間や場所は異なるが、基本的な流れはいつも同じ。

 

『俺の名前はループ!これからよろしくな、カミュ!』

 

 ここからだ。俺の傀儡人生が始まるのは。

 

 どうやらこの世界は、決まった物語をなぞるように出来ているらしい。俺は世界の決めた物語に反する行動や発言は一切出来ない。

 簡単に言えばもう記憶の彼方に消えてしまった「一回目の俺」の行動を大きく外れる事が出来ないのだ。特に、勇者ループに対しては全面的に好意的な発言しか許されていない。

 

『ループ、お前は本当に最高だな!』

 

 一回目の俺がそうだったように。

 そして、魔王討伐の直前。最終的に、俺はループを庇って死ぬ。そして、死んだと思ったらまた出会う。これを、何回も何回も繰り返してきた。

 

 こんなの不条理にも程があるだろ!

 最初は、俺だって死にたくないからと色々足掻いた。諦めなければ運は必ず巡ってくる。それが俺の信条だったのだから!

 

 しかし、世界の強制力は凄まじく、俺は必ずループと出会ってしまう。そして、向けられた笑顔に唾を吐けない。手を振りほどけない。ループに向けられる刃に誰よりも早く気付いて、体が勝手に動いてしまう。

 

 そして——。

 

『カミュっ……ダメだ。かみゅっ……』

『ループ、諦めなければ……運は必ず、巡ってくる。だから諦めるなよ』

『あ゛ぁぁぁっ!』

 

 呆気なく死ぬ。

 俺はアホ面の勇者に人生を捧げる為の、操り人形のコマでしかない。自由に動けない体。発言すら操作される不自由。そういうのを繰り返していくうちに、俺の心はどんどん荒んでいき、真っすぐだった性格も歪に捻じ曲がっていった。

 

『……なんなんだよ、この世界は。クソが』

 

 しかし、そんな不条理な世界で、唯一俺の見出した「娯楽」があった。

 

『あ゛ぁぁぁっ!カミュ、いやだ!いやだぁぁっ!』

 

 ループの悲鳴が死の直前、俺の脳を最高に揺さぶる。こんな繰り返しを続ける中で、久しく感じる事のなかった「最高じゃないか!」という感情が、俺の体中を満たしていくのだ。

 

『……ははっ』

 

 そう、今の俺の唯一の楽しみは、出会った頃から俺への好感度マックスのこのボケ勇者を、『俺の死』で、どこまで絶望させられるか。これだけだ。

 

『かみゅ、起きでよっ。俺ど、いっじょに、最後まで……っひぅぅ』

 

 このボケ勇者は、数日会わなきゃ忘れるような薄っぺらい容姿だったが、どういうワケかその泣き顔だけは、いっちょ前にそそる顔をしていた。死に際、ループの涙に胸のすく思いを抱えながら、次は一体どんな風に悲しませてやろうかと心底ワクワクする。

 

『……いいねぇ、もっと泣けよ。もっと苦しめよ。なぁ、ループ』

 

 永遠に続く繰り返しの中、歪みきった俺の性格はどんどんその感情をエスカレートさせていった。

 そして、見つけたのだ。ループを最高にそそる顔で泣かせる方法を!

 

「なぁ、カミュ。武器屋はコッチじゃないぞ?」

 

 俺は繋いでいたループの手を力一杯握り締めると、そのまま裏路地の方へと駆け出した。

 

「あぁ、知ってる。わざとだ!」

「えっ、わざと!?」

 

 気付くのが遅ぇんだよ、このボケ勇者!

 俺はループを裏路地の奥まで引っ張って行くと、壁と腕の間にその体を閉じ込めた。そして、その耳元でこう囁く。

 

「やっと二人きりになれたな、ループ」

「っぁ」

 

 その瞬間、血色の良い肌色だったループの顔が一気に朱に染まった。先ほどまでジッと此方を見上げていた真っ黒な瞳は、落ち着かない様子でキョロキョロとしている。

 あぁ、さすがは好感度100。チョロ過ぎて反吐が出る。

 

「照れているのか。ループ、お前は本当に可愛いな」

「カミュ。おれ……別に、可愛くは。さ、さっきの子の方が絶対に、か、か、かわいいと思うけど」

「そんな事はない!俺にとっては、ループ。お前以上に可愛いくて最高なヤツなんて、この世に居ないさ!」

 

 そんな事あるわ。普通にあの子の方が可愛いに決まってる。でも、俺はループに愛を囁くのを止めない。

 

「俺がどれだけお前に夢中か分かるか?」

「っひぅ」

 

 真っ赤に染まる耳に息を吹きかけてやりながら、膝を曲げてループの足の間に滑り込ませる。

 

「っぁんっ、っぅふ……カミュ」

「っはぁ、可愛いくて堪らない。……なぁ、ループ。今、ここでお前と一つになりたい」

 

 グリグリと膝でループの下半身を刺激してやれば、ループのペニスは呆気なく勃起した。世界を救う勇者が聞いて呆れる。このド淫乱勇者が。

 此方を見上げる真っ黒な瞳は興奮で潤み、死の直前に見るあの無様なループの顔を彷彿させる。

 あぁ、良いな。ボケの割に、こういう時だけはいっちょ前にそそる顔をするから堪らない。

 

「なぁ、ループ。いいか」

「……うん、俺もカミュと一つになりたい」

「っは」

 

 そう言うだろうと思った。俺はループの頭上に見える「100」という数字を見て鼻で笑った。

 

「……最高だな、本当に」

 

 俺はそれだけ言うと、ループの唇に自分の舌を捻じ込ませた。