「あ゛ぁぁぁっ!ループッ、ループっ!」
なんだ、コレは。
俺の腕の中で、ループが血を流しながら横たわっている。ループの唯一の特徴であるキラキラした瞳は、今や光なくぼんやりと虚空を見ていた。
「ループっ、しっかりしろ!頼むから俺を見てくれっ……!」
ループの首から溢れ出てくる血を止めようと、必死に手で押さえつける。しかし、セゾニアの回復魔法ですらどうにもならなかった傷が、俺の手でどうにかなろう筈もない。
「なんで、どうしてだっ!ループっ……なんで、こんなっ……急に!」
視界の端に映るエクスカリバーの剣先には、真っ赤な血が滴っている。あれは勇者にしか使えない聖剣だ。勇者ではない人間が使っても、ナマクラ以下の代物に成り下がる。何を切り裂く事も叶わない。
それに血が付いているという事は、つまり〝そういうこと〟だ。
俺が死ぬ筈だった場所で、ループが突然自分の喉を剣で掻き切った。自殺だ。
そのあまりに突然の事態に、ループを狙っていた敵も、そして俺達も全員混乱した。いや、混乱というには今の状況は余りにも凄惨過ぎる。
意味が分からない。これは、一体何だ。
「俺の筈だろ……?ずっと決まってたじゃないか……あ、きらめてたのに」
錯乱する仲間達の中で、唯一回復魔法を扱えるセゾニアが必死に回復を施すが、それが意味を成していない事くらい、俺にでも理解出来た。
「なんだよ、これ。こんな……ずっと望んでいた、事だったのに……」
ひゅう、ひゅうとループの喉から直接息が漏れる音がする。それまで、ぼんやりと虚空を見つめていたループの瞳が、俺を映すのが分かった。しかし、その目が輝く事も、血を流す口が俺の名を呼ぶ事もない。その瞬間、少し前に聞いたループの言葉が脳裏を過った。
——カミュ、今度こそ……お前が先に進む番だ。
「……まさか」
ループも俺と同じだったとでも言うのだろうか。この不条理で理不尽でクソみたいな世界を生きていたのは、俺だけじゃなかったとでも言うのか。
——カミュがいつも言ってるだろ?諦めなければ運は必ず巡ってくるって!俺、あの言葉好きなんだー!
ループ、お前は自身すら諦めていた俺の命を、諦めずにいてくれていたのか。俺の死を見届けて涙を流していたお前は何度目だった?
諦めなければ運は巡ってくる、なんていう俺の薄っぺらい言葉を信じて。ずっと、俺と一緒に生きてくれていたのか。
俺は毎日のように、お前に対して「死ね」と思いながら生きてきたというのに。
「あ、あ……あぁ」
歪む視界の中、虫の息となったループが俺の顔を見て大きく目を見開いた。
「なんで、だ。おれは、どうして……こんなに、耐え難いんだ」
微かにループの瞳に輝きが戻る。
そうだ、忘れていた。一度目の俺は、ループの強さだけじゃない。この輝く瞳に魅了されて仲間になりたいと手を伸ばしたのだ。俺とループの旅は、思い返せばたった一年やそこらしかなかった。けれど、確かに一度目の俺は、自分の命を投げ売ってでもループを助けたいと願ったのだ。
俺は、ループを死なせたくなかった。
「ループ、俺は……まさか」
しかし、大きく見開かれた瞳は無情にも閉じられていく。同時に、ループの頭上に浮かんでいた「100」という数字が少しずつ変化する。
「おまえを、最初から……あいして、いたのか?」
世界に縛られていると思っていた。でも、違ったのかもしれない。不条理なこの世界を作ったのは、他でもない「俺」だったんじゃないだろうか。
「なぁ、ループ。教えてくれ」
ぬるい血だまりの中、ループは完全に息絶えていた。輝いていた瞳も、瞼の奥に永久に封じられる。
——今度は、お前が俺の為に死ねよ。
あれほど望んでいた夢の先に広がっていたのは、ただの絶望だった。
「俺はお前無しで……これから、どうやって生きていけばいい?」
一切の温もりを失ったループの頭上には、何故か星マークと「101」という数字が浮かんでいた。