16:101回目の再会

 

◇◆◇

 

「……あーぁ、まぁた来ちゃったよ」

 

 そんなワケで、俺はまたしてもループの人生を歩んでいた。これで記念すべき101回目。ついに小三の頃の記録を越えてしまった。多分、これからも越え続ける気がする。

 

「あぁっ、ありがとうございます!本当にありがとうございます!」

「あなたが居なければ、村はどうなっていた事か。どうか、お礼をさせてください」

「いえいえ、別に大した事では……」

 

 そして、今回もカミュの村をモンスターの群れから救った。別に村人を救いたかったワケじゃない。コレをしないとカミュに会えない。だから助けているだけだ。

 勇者でもあり主人公でもあるループあるまじき思考回路だけど、もう許して欲しい。101回も繰り返していたら、色々惰性になるのも仕方ないのだ。

 

「では、せめてお名前を……」

「いやぁ、名乗る程の者じゃないので」

「そんなっ!」

 

 どうにか俺を村に引き留めようとしてくる村人たちを後目に、俺はソワソワして仕方が無かった。だって、そろそろカミュが来る頃だ。出来れば、初めましての自己紹介はカミュとがいい。そう、思った時だ。

 

 後ろから、聞き慣れた声が聞こえた。

 

「なぁ、あのモンスターの群れを一人で倒したヤツが居るって!?どこだ!」

「っ!」

 

 カミュの声に、思わず体が跳ねる。101回目なのに、どうしてもこの瞬間は慣れない。

 

「アンタ、帰って来て早々なんなの!ちょっとは、落ち着きなさいっ」

「これが落ち着いていられるか!あんな大量のモンスターを一人で倒すなんて、とんでもないヤツだ!会いたい!会わせろ!」

 あぁ、カミュ。今回はどんな旅にしようか。

 期待に膨らんだ気持ちが、どんどん溢れ出す。すると、その激しい足音がいつの間にかすぐ後ろにまで迫っていた。直後、勢いよく肩を引っ張られる。

 

「あっ、もしかしてお前か!あのモンスターの群れを一人で倒したってヤツは!」

「うわっ!」

 

 相変わらず動作の一つ一つが凄く乱暴だ。それに、手なんていっつも焼けるように熱い。そうそう、コレコレ。これが、俺の知ってる大好きなカミュだ。

 

「っぁ、え?……っぁ」

 

 振り返った瞬間、そこには見慣れた……でも懐かしい姿があった。酷く驚いたように大きく見開かれた琥珀色の瞳が、俺の姿をハッキリと映し出す。風に乱れた赤毛が額に滲む汗にしっとりと張り付いている。

 カミュだ。俺の目の前にカミュが居る!また会えた!

 

「っぁ、えと……お前は、あ、あれ?なんだ、これは」

 

 カミュが凄く驚いている。でも、これはいつもの事だから気にしない。

 そんな事より、凄く心臓がドキドキする。でも、またこれから一緒に旅が出来ると思うとワクワクする。

 たった、一年間限定の旅だけど。カミュは俺の事なんて欠片も覚えちゃいないだろうけど。

 

「……お、俺の名前はカミュという。お前、強いな。さ、最高じゃないか」

 

 でも、それでもいい!

 一年も百回繰り返せば百年。千回繰り返せば千年。諦めなかったら、永遠だ。諦めない限り、俺はずーっとカミュと旅が出来る!

 

「そうだ、村を救ってくれた礼と言ってはなんだが、俺も……その、お前の魔王討伐の旅に同行させて、くれ」

 

 どうしたのだろう。カミュの自己紹介が、いつもより元気がない気がする。

 カミュからのこれまでとは少し様子の異なる自己紹介を聞きながら、俺は俺で〝とある変化〟に目が釘付けになっていた。

 

「あれ?」

 

 カミュの頭上。そこには数字が示されている。

 それは、カリギュラの特殊システムの一つであるキャラ同士の「好感度」を示す数字だ。これが高いと、戦闘で互いを庇い合ったり、協力技を使えるようになったりする。でも、好感度の表示は別に今に始まった事ではない。この世界に来た一回目からずっとある。問題なのは、数字の中身だ。

 

「せ、千……?」

 

 カミュの頭上の数字は俺の見た事のない、とんでもない数字で彩られていた。

 カリギュラの好感度の上限値は、確か「100」だった筈だ。例にもれず、カミュの俺に対する好感度は一回目からずっと「100」と表示されてきた。それが、突如として天元突破して、桁を越えてしまっている。

 

 カミュの身長が俺より高いせいで、すぐには気付けなかった。俺はあんぐりと口を開いたまま、カミュの頭上を見つめ続けた。

 

「お前、名前は何と言うんだ」

「あ、えっと……」

 

 俺が名乗らないせいで、いつもとは違いカミュが俺の名前を尋ねてくる。しかも、焼けるように熱いカミュの手が俺の首にある痣を優しく撫でる。

 

「……アルベール・ループ」

「そうか」

 

 動揺し過ぎて、思わずフルネームを答えてしまった。その間も、カミュの熱い掌がスルスルと俺の首を撫で続ける。手だけでなく、カミュの俺を見る視線が熱い。まるで、愛の告白をされた後のようだ。

 

「そうか、素晴らしい名前だ。最高だ……あぁ、ループ」

「え、カミュ……あれ!?ちょっ!」

「ループ、ループ、ループ!」

 

 カミュの頭上にある数字が変化する。千だった数字に、まずは「一」追加された。しかし、その数字の増加は止まらない。俺の名前を呼ぶ度に増えていく。

 

「あぁぁぁっ、ループッ!初めまして、愛してる!これからも永遠に俺と共にこの不条理の中で抗いつつ、楽しく生きようじゃないか!」

「え、えぇぇぇ!?」

 

 まるで舞台役者のような大仰なカミュの言葉は、凄まじくストーリー破綻しているようでいて、その実むしろとてもカリギュラらしかった。

 カリギュラシリーズが一貫して示すテーマは【不条理】——ではない。

 

【反抗】だ。

 初代から続くナンバリング作品は常にプレイヤー達に語り掛ける。不条理なこの世界から目を逸らすな、と。

 

「死すら俺達を分かつ事など出来ないこの永遠の牢獄の中で、このカミュ・シーシュポスはループ・アルベールに永遠の愛を誓おう!」

「う、うわ」

「さぁ!答えを聞かせて欲しい、ループ!俺は悠長にお前の答えを待つなどと言えるような男ではないからな!」

 

 これは、良いのだろうか。カミュにとって、俺は出会ったばかりの関係性なんてペラペラのヤツだろうに。いいのか、いいのか、これでいいのか。

 

「あ、えっと……あの」

 

 言葉が張り付いて出てこない中、九歳の頃の俺の声が耳の奥で響いた。

 

『カリギュラで一番好きなのはカミュ!』

 

 あぁ、別にコレでいいんだ。だって、全ての始まりは全部そこからだったのだから。たった、それだけの気持ちで、俺はここまできた。

 

「俺も、カミュの事を愛してる!また一緒に旅をしよう!」

「ループならそう言ってくれると信じていた!さぁ、行こうじゃないか!このクソで不条理な世界に反抗し尽くそう!」

 

 101回目の世界で、俺はどういうワケか出会ったばかりである筈の大好きな仲間に、フラグ無しの超特急プロポーズを受けた。色々とよく分からない事ばかりだが、俺としては毎日カミュと一緒で楽しいのでよしとしている。

 

「あぁ、愛しいループ。今度は俺が望んで先に逝くからな!」

「そうだな!今度もカミュ、お前が未来(さき)に行ってくれ!」

 

 俺とカミュの不条理な自殺合戦は、こうして幕を開けた。

 

「あはははっ!ループ、それは違うっっっ!!!!」

「え?」

 

194405……

 

 カミュの俺への好感度は、今日も今日とて上がり続けている。