【レベル30の俺】書籍化記念SS
勇者シモンは石化した!
(シモン×キトリス)
タイトル通り、シモンが石化してしまうお話。
シモン(18)の頃。
あーぁ。まさかこんな事になるなんて思ってもみなかった。
まさか、俺が——
(石化するなんて)
——–
石化(せきか)
制限系。
身体が石になり、一切の行動がとれなくなる。
——–
(どうしよ、師匠に夕飯のお使いも頼まれてたのに)
石化してからどのくらい経っただろうか。
詳しくは分からないが、俺が一人でダンジョンに潜ったのは昼過ぎだったにもかかわらず、今や周囲は真っ暗だ。しかも、夕飯の頃合いを示すような浅い夜の時間ではなく、真夜中といっても過言ではないだろう。
(師匠、困っただろうなぁ)
きっと俺が戻らないせいで、夕飯も作れず色々と手間をかけさせてしまったに違いない。特に最近のヤコブときたら、成長期も相成ってすぐに腹が減かせては癇癪を起すのだから。
——おーなーかーすーいーたーー!
——あいあい、分かった分かった。ちょっと待ってろ。
——はーーやーーくーーー!
教会の中の喧騒と、困った師匠の表情が脳裏を過る。
(……石化っていつ解けるんだろ)
確か、石化は時限性の状態異常だった筈だ。
なので、放っておけばいつかは治る。だからこそ、今の状況は特にそれほどヤバい状況というワケではないのだが、出来るだけ早く教会に——いや。
(師匠のところに帰りたい)
じわりと浮かんできた思考に、俺は観念して認める事にした。
どうやら俺は相当心細いらしい。
(……もう十八なんだけどな)
師匠に出会った頃と比べると、年齢だけじゃなく色々と成長した筈なのに。
(俺、あの頃より弱くなってる気がする)
なにせ、あの頃は「一人」をこんなに心細く思う事もなかったし「夜」を不安に思う事もなかった。むしろ、夜に教会を抜け出す度に迎えに来てくれる師匠を、どこか鬱陶しいとさえ思っていたのに。
(早く、帰りたい)
こんな事なら、一人でダンジョンなんかに来るんじゃなかった。
普段は師匠と二人で潜るのに、今日は本当にたまたま……たった一人でこんな森の奥深くまで来てしまった。師匠に探しに来てもらおうにも、内緒で来た事もありきっと見つけてはもらえないだろう。
——ほーら、シモン。帰るぞ。
(師匠……)
頭の片隅で、懐かしい声が聞こえた気がした。
まだ俺が十四かそこらの頃。生意気な事ばかり言う俺を、師匠はどんな時でも探しに来てくれた。あの頃は今より随分と小柄だったせいか、よく抱っこされて恥ずかしかった。
——じゃあ俺の心臓の音だけ聞いてな。
離せ、下ろせと騒ぎ立て暴れる俺に、師匠はそれでも絶対に手を離さなかった。いつでも俺を構ってくれた。
(でも——)
——あぁ、うん。最高最高。言う事ないわ。
最近はあまり構って貰えていない。
ダンジョン攻略中も、前より色々教えてくれなくなった。雑っていうか、どうでも良さそうっていうか。だから、わざと怪我して心配をかけてみたりもしたけど、敵が弱すぎて最近はソレすらままならない。
そして、こんな風に不安が募った時、俺は必ず思い出してしまうのだ。一度だけ師匠に言われた〝あの言葉〟を。
——なぁ、シモン。一人でも魔王を倒してくれるか?
俺が「分かった」と言ったら、師匠はどうするつもりだったんだろう。
(……師匠、どこにも行かないよね)
師匠は突然俺の前に現れた。だとしたら、突然居なくなってもおかしくない。
だって、師匠にとって俺なんてたまたま拾った浮浪児のガキに過ぎないのだから。血の繋がった家族でもなければ、俺が師匠に何か特別な事をしてやれるワケでもない。
——じゃあな、シモン。お前はもう俺が居なくても大丈夫だ。
(大丈夫じゃないっ!……俺は全然〝大丈夫〟なんかじゃないよ)
一度も言われた事のない筈の言葉が、耳の奥でリアルに再生される。ゾクリと腹の底に嫌な感覚が走って思わず蹲りたくなる。
でも、無理だった。なにせ、今の俺は石なんだから。
——シモン、一緒に魔王を倒そうなー?
(ねぇ、師匠、魔王を倒したら?その後はどうするの?)
成長するにつれて、向き合わざるを得ない「魔王を倒した後」という未来。
そうなのだ。結局のところ、一人で魔王を倒そうが、師匠と一緒だろうが、同じところでグルグルと同じ恐怖に追いかけられてしまう。
(師匠が、居なくなったらどうしよう……)
そんな不安から目を背けるように、たまにダンジョンに一人で潜るようになった。こんなの、師匠には絶対に秘密だ。だってバレたら、それこそ「これからは修業も一人でいいな?」なんて言われてしまうかもしれない。
そして、その後ろめたさが戦闘への集中力を欠いた。結果、このザマだ。
——シモン、お前。本当に強くなったよ。さすがホンモノは違うな。
(ホンモノって何だよ。ねぇ、師匠。やっぱり俺はまだまだだよ……)
だから、師匠。一人でも大丈夫か、なんて言わないで。
そう、暗い森の中でどんどん思考の悪循環にハマっていった時だった。
カサリと、すぐ傍で何かが近づく気配を感じた。
(なんだ?)
モンスターだろうか。顔を動かせないので何が近づいて来たのかまでは分からない。まぁ、石化時は通常攻撃は一切通らないので、別に問題な——。
「……シモン?」
(っ!)
師匠の声だ。次いで、視界の隅に師匠の姿が映る。
「シモン、シモンなのかっ!?」
(あ、あ……!)
そこには、俺を見た途端、驚きに目を見開く師匠の姿があった。気が付くと俺の体は師匠によって抱き締められていた。
「あぁっ、良かった……やっと見つけた!」
(し、師匠?)
先程まで強張っていた師匠の表情が、俺を抱き締めた途端一気に崩れ、瞳の奥にジワリと涙が浮かんだように見えた。あぁ、師匠のこんな顔は初めて見たかもしれない。
石化の影響で何も感じない筈なのに、何故か師匠に触れられた部分がジワリと温まるような気がした。
「もう、ちっとも帰って来ないから心配したんだぞ!」
(……師匠。なんで、ここが分かったの)
「といっても……石化してたのか。どうりで帰ってこれない筈だ」
もちろん、師匠に俺の声は聞こえない。
「あー、怪我はしてない、か?」
石化する俺の体にペタペタと触れる師匠は、体の至る所に傷を負っていた。深い傷はないようだが、服もあちこち破けボロボロだ。
(あぁ、もう……バカか。俺は)
「なんで、ここが分かったの?」じゃないだろう。そんなのちょっと考えれば分かるじゃないか。
(俺が居そうな場所を、全部、一つずつ探してくれたんだ……)
昔からそうだった。
裏路地に隠れているのがバレる前も、師匠はずっと街中を探し回ってくれていた。
——ほーら、シモン。帰るぞ。
きっとあの頃の俺も今と同じで、師匠に構ってもらいたくて「あの場所」に蹲っていたのかもしれない。きっとそうだ。だって、本当にこの人を鬱陶しいと思っていたら、もっと見つからない場所に隠れる事だって出来た筈なんだから。
「シモン、ずっと心細かったろ。よく我慢したな」
(……師匠、師匠、ししょう)
もう俺の体は師匠よりも随分と大きくなった。昔みたいに抱っこして連れて帰ってもらう事は、もう二度と出来ないだろう。
「それにしても石化か……困ったなぁ、石化の回復薬は持ってきてないし」
師匠の難しい表情に、俺はヒュッと腹の底に耐え難い焦りを感じた。
(い、いやだ!)
今の俺は「石」だ。となれば、敵の攻撃も入る心配はないので、別に放っておいても問題ない。もしかすると、「ちょっと待ってろ」なんて言って回復薬を取りに教会に戻ってしまうのではないだろうか。
(師匠っ!俺を置いていかないでっ!)
石化状態の俺の声が師匠に届くワケもないのに、俺は思わず叫んでいた。すると、どうだ。
「分かってるって。心配するなよ。俺がお前をこんな所に置いて行くワケないだろ?」
(ぅ、あ……)
師匠はまるで俺の声が聞こえているみたいに、ニコリと笑ってみせた。
(……っあ、あぁぁ)
やっぱり、師匠は凄い。どんなに師匠よりデカくなっても、昔より強くなっても、この人には敵う気がしない。
師匠は俺の固い頭を優しく撫でると、自分の羽織っていたタオルを俺の肩にかけた。
「うん、こんなもんかな」
(ししょう。おれ、さむくないよ……)
だって、石なんだから。でも、師匠は俺の言い分なんて、きっと声が聞こえていたとしても聞き入れてはくれないのだろう。
「さて、一晩で石化が解けるといいな?シモン」
そう言って軽く肩を叩きながら、師匠はふんわりと俺を包み込むみたいに優しく微笑んでいた。
師匠は優しい。俺が何をしても全部受け入れてくれる。こんな人、他にどこを探したって居ない。
(やっぱり、俺には師匠しか居ない)
「まったく、これからは絶対に一人でダンジョンは行くの禁止な。やっぱり、俺みたいなニセモノでも……一緒に居てやらないと」
俺みたいなニセモノ。
そう呟くように口にした師匠の顔は、少し悲しそうに見えた。師匠の何がどう「ニセモノ」なのか、どうしてそんな悲しそうな顔をするのか、俺には分からない。
でも、俺にとって師匠は——。
「シモン、心配だからさ。もう勝手にどこかに行かないでくれよ」
(……うん)
何にも代えがたい「唯一無二」だ。
おわり。
——–
≪あとがき≫
この数ヶ月後。
キトリスとシモンは離れ離れになるのでした。
書籍版の師匠と離れ離れになった後のシモン視点は、ともかく……
書いてて楽しかったーーーー!(おにか)