(4)※ケイン視点

 

 

 ラティの、自己評価は恐ろしく低い。

 

「……はぁっ」

 

 俺はラティの綴った手紙に目を通しながら、思わず溜息が漏れるのを止められなかった。それは、ラティから【文通相手】に向けられて書かれた手紙……の残骸だった。

 

≪母国スピルに何かあった時の人質としての役割を担っています……≫

 

 グシャグシャになってゴミ箱にうち捨てられたその手紙はには、つらつらとそんな事が書かれていた。

 

「まだ、こんな事を言ってんのかよ。ラティ……」

 

 現在、俺はラティの部屋に居る。

 しかし、部屋の中にラティの姿はない。途中、すれ違ったメイドによると「散歩に行く」と部屋を出たらしい。それを聞いた時、俺は少しばかり嬉しくなった。

 

 放っておくと、ラティは「自分は人質だから」と部屋から一歩も出ようとしないから。

 

「……ラティ、庭のバラは見たか」

 

 ラティの為に用意した、黄金のバラ。

 ラティは控えめな性格の割に、案外派手なモノを好む。特に花ではバラを好み、キラキラとしたモノにも目が無い。そんなラティに子供のころ「まるで、女みたいだな」と憎まれ口を叩いた事もあった。

 

 しかし、そんな俺の子供っぽい憎まれ口にラティは無邪気に言うのだ。

 

——だって、ケインみたいだから!

 

 敵わないと思った。

 ラティに憎まれ口も皮肉も意味はない。だって、アイツの「好き」は、全部「ケイン」に繋がるのだから。

 

 だから、子供の頃ラティが本で見せてくれた「黄金色のバラ」を南西地方から取り寄せ、栽培させた。庭師から、気候や土壌の影響で栽培は難しいだろうと言われていたが、数年かけてやっとスピルの土地柄に合わせて改良を施し、立派に咲かせることが出来たのだ。

 

「っはぁ。なのに、全然外に出ようともしないんだからな」

 

 首輪も取り、離宮の中なら自由に動いていい。好きに過ごして良い。困った事は何も気にせずメイドに言うようにと伝えているのに。

 それなのに、ラティの心には未だに「人質奴隷」のままだ。

 

「……にしても、なんだよ。この手紙。毎回こんな事を書いては消してたのか」

 

 そう、ラティの文通相手はこの俺だ。

 もちろんラティは知らない。知られるワケにはいかない。

 

「前より、酷くなってんじゃねぇか」

 

 手元にある書きかけの手紙を何度も何度も読み返しながら呟く。あぁ、自己否定が以前より酷くなっている。

 ただ、実際に出される手紙にはそういった事はなく、いつもそこには「ケイン」を褒め称える文字が綴られてた。

 

「やっぱり文通相手くらいじゃ、本音は言えないって事か」

 

 ラティの本心が知りたくて、始めた自作自演の文通遊び。しかし、何度「架空の文通相手」を変えて試しても結果は同じだった。

 

「ラティ、お前は……一体何を考えている?何がしたい?どうすれば、もっと昔みたいに笑ってくれる」

 

 これまで、俺はラティの日記を通してアイツの「本心」を知る事が出来た。でも、バーグから戻ったラティは日記を書かなくなってしまった。

 

——いいんだよ、ケイン。僕には日記は必要ない。

 

 ラティは引っ込み思案で大人しい癖に、ここぞと決めた所では驚くほど頑固だ。だから、俺はどうにかラティの気持ちを知りたくて「文通するのはどうだ?」と勧めたのだが——。

 

「あーー、何やってんだ。俺は」

 

 ゴミ箱に捨てられたラティの手紙を、グシャリと握りつぶす。

 国政すらも乗っ取って、二度とラティを政治の道具にさせないようにと武力で全てを抑え込んでいるような男とは思えない。

正直、ラティよりも俺の方がよっぽど女々しい。

 

「俺は、一体何に怯えているんだ」

 

 俺はゴミ箱の中に手紙を戻すと、机の向こうから光を注ぐ窓辺へと歩を進めた。ここからなら庭が一望できる。ラティがどのあたりを散歩しているか見えるはずだ。

 

「……フルスタ様は、なんであんな事を言うんだ」

 

 窓の外を眺めながら、俺はここ最近、毎日のようにフルスタ様に言われ続けている言葉を思い出して頭を抱えた。

 

——ケイン様。どうか、兄を政の表舞台にお戻し下さいませんか。

 

 フルスタ様も今年で確か十七歳になった。ちょうど、ラティがバーグに人質として渡ったのと同じ年の頃だ。

 しかし、ラティとはちっとも似ていない。日を追うごとに、その見た目は国王に似てくる。ラティには無い威厳と、聡明さがその深い理知的な瞳には宿っている。

 

「……ケイン様、か」

 

 俺は今や王族にすら敬称を使わせる立場となった。

 長い歴史を持つスピルは、建国時から王政を敷いてきた。いくら、実質的な政治の決定権を俺というクヌート家の一族が握っていたとしても、対外的に彼ら王族は必要だ。

 

「……たとえ、お飾りだとしてもな」

 

 しかし、そのお飾りとなり果てた王族において「フルスタ」という人間だけは、未だに傀儡の目をしていなかった。あの人の目だけは、自分の意志で、この国の未来をしっかりと見据えている。

 

——ケイン様、貴方の王族に対する怒りはもっともです。それは、弁明のしようがない

 

 あぁ、そうだ。俺は怒っている。この怒りは何年経っても消えやしない。

 あんな無駄な人質交渉にラティを使い……その結果が、何がどう変わった?戦争が回避出来たワケでもなく、何の成果も得られないまま、ラティは心にも体にも傷を負った。

 

「ラティは、国にも親にも捨てられたんだっ……クソッ!」

 

 しかし、そんな怒り狂う俺に、フルスタ様は静かに言う。

 

——しかし、貴方はもう気付かれている筈です。国政における他国との「闘い」は決して甘くない、と。

 

 あぁ、わかっている。

 俺が得意とするのは「領土拡充」や「戦争」など、国の緊張状態における政治だけだ。それは、幼い頃から死ぬほど叩き込まれてきたのだから。

 

 しかし、乱世時の政治と、泰平時の政治は全く持ってその性質が異なる。

 それを、俺は今身をもって感じている。

 

——ケイン様、貴方にこの大国スピルの「泰平の世」を納める手腕はありません。

 

「随分とハッキリ言ってくれるじゃないか」

 

 でも、分かってる。分かってるさ、そんな事は!

 だから、本当はラティを蔑ろにして敵国などに追いやったあの国王……ラティの父親ですら殺したいのを我慢して玉座に据えてやっているのだから。

 

 ただ、それでも政治の大元は俺が抑えている。それに、数年前の俺の「脅し」がとても効いたらしい。今の国王は、政治に無関心になっていた。

 

 故に、今、本当の意味で王族と呼べるのは「フルスタ」様。ただ一人だ。