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俺は光君に連れられ、学校近くの商店街に向かった。
夏の夕陽がビルの隙間から漏れて、光君の輪郭を強調している。……いや、何だこのイケメン。改めて思うが、ギャル達に改造されてからの光君、マジでかっこいい。
「なぁ、光君ってさ、彼女とかいたりする?」
俺は唐突に口を開いた。いや、実は唐突でもなんでもない。光君の見た目が変り始めてからずっと気になっていたことだ。
「ふむ、彼女か。……ふーむ、彼女……彼女?」
「何をそんなに考え込んでんだよ」
「いや、アレが彼女なのかどうかわからなくて」
アレ?もしかして「嫁」的な事を言ってるのだろうか。もう今時自分の推しキャラをそんな風に言うヤツも居ないと思うのだが。
「言っとくけど二次元じゃねぇからな!ちゃんと三次元の女子って意味で聞いてんだよ!」
「……三次元の彼女というのは、セックスをしたり出来る相手ということか?」
「そっ、そうだよ!それが彼女!」
光君の口からサラリと漏れた「セックス」という言葉にじわりと顔が熱くなる。
あのクラスに居ると普通にそういう話は別に珍しくもなんともないのだが、基本光君に引っ張り出されていない時はアニメを見て過ごしているので、俺にとっては遠い話だった。
いや、もちろん気にしてないフリしつつもめっっっちゃ聞いてるよ!?だって俺も年頃の男子高校生だからね!?
「じゃあ、居るな」
「は?」
さらりと言われた言葉に、俺の足が止まった。
「居るって?何が?」
「だから、彼女だ。セックスをする相手だろ?だったら居る」
「え……ま、ま、マジで?え、それってもしかして……光君。もう、その……童貞じゃないって、こと?」
「まぁ、そうだな」
その瞬間、俺の脳内で何かが弾けた。
「ちょっ……何言ってんだよお前!なんでそんな大事なことを今さら普通に言うんだよ!?」
「は?だって何も報告するような特別な事はなかった」
「と、特別だろ!?セックスしたって事だろ!女の子とっ!」
「ああ、した。でも別に何て事なかった。……そんな事より、空!見ろ、新作ガチャだ!これはガチャの神が我らに与えた新たなる試練に違いない……!」
何言ってんだ、こいつ!
女の子とのセックスよりも、新作のガチャの方が重要だなんて!
「ちょっと待て、光君!お前のその反応、なんかおかしいだろ!?」
俺はガチャ台を見つめる光君の肩を掴んで、勢いよく振り向かせた。
「何がだ?空よ、ガチャは魂の儀式だ。それ以上の重要なことなどない」
「いやいやいや!女の子と付き合ったりセックスしたりする方が凄いよ!?俺だって、いつかそういうのを……!」
「そういうの?なんだ、空もセックスがしたいのか?」
光君の明け透けな問いかけに、思わず口を閉ざす。けど、もう引き返せない。
「そ、そうだよ!俺だって女の子とセッ……エッチな事がしたいし!」
なんか、セックスという言葉に妙な気恥ずかしさがあり、わざわざ言い換えてしまった。そのせいで、更に恥ずかしくなる。体中から汗が噴き出ているが、それは決して夏の熱さからくるものではなさそうだ。
「空が言うほど、別に大した事はなかったぞ」
「っそ、それは光君がもう童貞じゃないからそう思うんだ!」
「そんな事はないと思うがなぁ」
そう言って心底不思議そうな顔でこちらを見下ろしてくる光君は、軽いメイクのせいもあって、まるでモデルかと思うほど洗練されて見えた。
「ずっと一緒にアニメ見て、ガチャ回して……。俺の事、た、魂の盟友って言ったくせに!なんで自分ばっかり先に行くんだよ。俺を……置いて行くなよ!」
自分でも驚くくらい声が大きくなっていた。通りを行き交う人たちの視線が集まるけど、もうどうでもよかった。
すると光君は少し驚いたような顔をして、すぐにニヤリと笑った。
「空……そうか、お前は俺に置いていかれたくないのだな!なるほど、確かに俺達は魂の盟友。その絆を軽んじるような振る舞いをしてしまったのなら、それは俺の過失だ!許せ、空!」
「そ、そうだよ!だから俺にも誰か女の子を紹介してくれよ!」
光君は少しの間考え込むように顎に手を当ててから、ふっと微笑んだ。口調も独特なオタク男子のくせに、見た目が格好良いせいで妙にサマになるのが少し腹立つ。
「わかった。魂の盟友たるお前の願い、俺が叶えてやろう」
「ほ、本当!?」
「ああ、だがその前に――まずはこの新作ガチャを引いて、今日の運勢を確かめるぞ!」
結局、光君のペースに巻き込まれつつも、俺はその言葉に期待を抱かずにはいられなかった。